御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

「ですから梨果さん。美果が貸した分のお金は私が肩代わりしますので、そのお金を私に返済していただけませんか」
「えっ……?」
「ただし一気に返済するのではなく、あなた自身がちゃんと働いて一定額ずつ返済すること。それから指定の口座に振り込むだけで、私や美果には一切接触しないこと――この二つに承諾して頂くことが条件ですが」

 翔の言葉にごくりと息を飲む。

 一気に返済させるのではなく一定額を少しずつ返済させるのは、別の人から借りた金額をそのまま返済に充てる、という行為を繰り返させないためだろう。

 また、手渡しでの返済となると金額がばらついたり返済が滞るおそれがあるうえに、美果や翔が梨果と接する必要もある。それを美果が望まないと知っている翔は、自分たちに利がある条件を提示した。

「……わかりました。美果と翔さんが、それで納得してくれるなら」

 もちろん梨果には翔の提案を拒否するという選択肢もあった。けれど翔の口から秘密が漏れることを恐れた彼女は、提示された案を素直に受け入れることに決めたらしい。

「結構です。森屋、契約書を」
「はい」

 実は隣のテーブルに座ってずっと成り行きを見ていた誠人が、翔の呼びかけに反応してスッと立ち上がる。もちろん美果は認識していたが、梨果は隣の席にいた男性が突然会話に入ってくるとは思わなかったらしく、素直に驚いたようだ。

 ビクッと怯える梨果の様子には構わず、誠人が数枚の紙をテーブルに滑らせる。今度は簡易的な借用書ではなく、正式な契約書と契約が不履行になった場合の注意点、弁護士への相談先や返済金の振込先を記した書類などがずらりと並んだ。

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