【Quintet】
 そんなこんなで過ごした行きの車内。停車した車から降りた沙羅は大嫌いな家、葉山本家の建物を睨み付けた。

 世田谷区の高級住宅街に所在する葉山本家は日本家屋の豪邸だった。松の木が繁る庭園には数匹の鯉が泳いでいる。

 屋敷に入った瞬間に沙羅の顔つきが変わった。緊張や怯えではなく、今の沙羅は“無”。
意識的に感情をコントロールしているのだ。
案内役の初老の男に導かれて二人は座敷に通された。

『沙羅様はこちらへ、星夜様はこちらにお掛けになってお待ち下さい。間もなく大旦那様と結城冬夜様がお見えになります』
『父も来るんですか?』
『はい。今日は沙羅様と星夜様のご婚約をお祝いする会食でございますから』

初老の執事は二人が婚約を断りに来たとは夢にも思っていないだろう。ビジネスの駒として勝手に決められた婚約を祝福されても嬉しくはない。

 沙羅と星夜よりも遅れて座敷に二人の男が入ってきた。
ひとりは星夜の父親の結城冬夜、もうひとりは白髪の老人。この老人こそ現在の葉山一族の当主、葉山栄吉だ。

「お久しぶりです。お祖父様」

沙羅が淑《しと》やかに頭を下げた。

『最後に会ったのは沙羅が中学生の時かな』
「はい。5年ぶりです。……結城さん、先日はご挨拶もせずお暇して失礼致しました」
『いいんだよ沙羅さん。どうせうちの奴が急かして連れ出したんだろう』

 意地悪く笑う父親を無視して星夜は姿勢を正して栄吉に向き直った。

『はじめまして。結城星夜と申します』
『沙羅の祖父の葉山栄吉です。星夜くん、顔を上げなさい』
『いいえ、このままで……。葉山さんにお願いがあります。沙羅さんとの結婚を白紙に戻してはいただけませんか?』
『おいっ! 星夜何を……』
『父さんは黙っていてください』

畳に手をついて頭を下げていた星夜は顔を上げて結城をねめつけた。星夜の気迫に怯んだ結城は押し黙る。
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