【Quintet】
 ──いいかい? 沙羅
自分より強い相手でも絶対に自分から目をそらしてはいけないよ

目をそらした時点で相手に負けたことになるからね
強い力に屈しては駄目だよ
心の軸だけは決して曲げてはいけないよ


 ──迷った時は心の音楽に耳を傾けなさい
あなたの心に流れる音楽がいつも綺麗な音色を奏でられる方に進むのよ

お母さんはね、いつもそうしてきたの
だからお父さんと結婚したのよ
お父さんと一緒にいるとお母さんの心に綺麗な音色が流れるの
いつか、沙羅にもそんな人が現れるといいね


        *


4月26日(Sun)

{いよいよ出陣だねぇ}

 アメリカとの国際電話から聞こえたのはのんびりとした父の声。

「お父さんてば呑気なこと言ってー。出陣って戦国時代じゃないんだからっ!」
{ははっ。沙羅、葉山の一族でお祖父さんに対抗できるのは沙羅だけだよ。目をそらさずに、自分の意思をはっきり伝えてきなさい}
「うん。……いってきます」

父との電話を終えた沙羅は姿見に自分を映した。鏡に映る沙羅の首もとには小さなロザリオのネックレス。母の形見だ。

「大丈夫。私はお父さんとお母さんの娘だもん」

 葉山の家柄も血筋も関係ない。自分は葉山行成と葉山美琴の娘。あの人の道具にはならない。
彼女の部屋には母の音色が流れている。

今日セレクトしたCDは葉山美琴のヴァイオリン小品集。今流れている曲はドビュッシーの月の光。
母の音色は優しさに満ちている。葉山美琴は今でも音楽の世界の中で生き続けていた。
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