俺の妻に手を出すな~離婚前提なのに、御曹司の独占愛が爆発して~
心の中で雫に謝りながら口を開いた時、ぴょんと椅子から飛び降りた花音が跳ねるように里穂のもとに駆け寄ってきた。

「早く聴きたい」

くりくりとした大きな目を輝かせ、里穂に訴える。上目使いのその瞳が可愛くて、里穂は抱きしめたくなるのを堪えた。

「すぐに弾くからね」

里穂は女の子に言い聞かせると、蒼真に「話はあとでお願いします」とささやき椅子に腰かけた。

「お姉ちゃんもカノン、好きなの」

里穂は女の子に声をかけながら、椅子の高さやピアノとの距離を調整し、両手を鍵盤の上にゆっくりと置いた。

そして。

大きなガラス窓から柔らかな日射しが燦々と降り注ぐカフェに、ピアノの優しい音色が響き渡った。

その瞬間、参加者たちの沈みがちな気持ちが漂う室内から緊張感が消え、代わって穏やかな空気が流れ始めた。

里穂は演奏を続けながら、ホッと息をつく。

こうしてピアノを弾いたり、小さな子どもの面倒をみたりするために、里穂はここに来ているのだ。

父が急死し店を引き継ぐために幼稚園の先生として働く未来をあきらめたが、身につけた技術や資格がここで役立つとは思わなかった。

メディカルメイクを必要とする人たちを、メイクだけでなく音楽の力を借りて盛り上げたい。

その一心で、里穂は貴重な店の定休日を使って講習会に顔を出している。

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