無愛想な天才外科医と最高難度の身代わり婚~甘く豹変した旦那様に捕まりました~【職業男子×溺愛大逆転シリーズ】
 みどりと別れた時にはもう夜の七時を回っていた。思ったより遅くなってしまったが、真紘が帰る時間にはまだ早い。
 
 だから急がなくても大丈夫だろうとのんびり帰っていただけに、エントランスで真紘と鉢合わせた時は、驚きのあまり心臓が飛び出そうになった。
 穂乃花の名前で呼ばれたせいで、咄嗟に反応できずしどろもどろになってしまった。さほど不審に思われていなかったのは幸いだったが、真紘はなかなか帰らない由惟を心配してくれていたようで、とても驚いた。

「どこ行ったかわからない方が迷惑だ。いいから連絡しろよ、わかったな」

 ぶっきらぼうなのに優しさが滲み出た言葉は、その日が終わった後も何度も頭の中でリピートしていた。思い出すとたちまち胸がポカポカしてくる。
 
 由惟なんかを心配してくれる存在は、今まで親以外はいなかった。十年間誰にも顧みてもらえなかったから、喜びはひとしおだ。

 当たり前のように同じ家に帰ろうと言ってもらえたことも嬉しかった。握ってもらった手を、本当はずっと離したくなかった。
 
 でも、そんな風に思ってしまってはいけない。
 真紘は穂乃花の結婚相手である。由惟はただの身代わり。だからこの感情に名前をつけてはいけない。にもかかわらず、ただの知り合いに抱く感情とはあまりにも密度が違うから、心とはままならない。
 
(それに今は私が穂乃花さんだから……)

 誰に向けているのかもわからない言い訳を心の中で何度となく唱える。自分と穂乃花を重ねていれば、真紘との距離が近づくことで湧き起こる後ろめたさから逃れられた。
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