早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
早河と市川の攻防戦は見ているこちらがヒヤヒヤした。
「所長、あの部長さんに気に入られてしまいましたね」
『ヤキモチか?』
「はぁ? どうして私がヤキモチを妬かなくちゃいけないんですかっ」
『親が他所の家の子供を可愛がってると子供はヤキモチ妬くだろ?』
「私は所長の子供になった覚えはありません!」
指摘としては当たっていても解釈は的外れだ。それをわかって言っているのか、天然で言ってるのか、どちらなのだろう。
早河仁という男は本当に心臓に悪い男だ。
せっかく来たのだからと言って、応接室に戻ってきた市川部長はなぎさに渡す新製品のサンプルも持参していた。
里奈の個人情報を入手した早河は先に応接室を出て、室内にはなぎさと市川だけになる。
「あなた、あの探偵さんのことが好きなんでしょう?」
「えっ……どうして……」
「見ていればわかる。あなたはわかりやすい人ね。気持ちが顔に出てるのよ」
市川がサンプルの化粧水をなぎさの手の甲に塗布した。ハーブの穏やかな香りの化粧水が手の甲にすぅっと馴染み、肌触りはすべすべだ。
9月発売予定の新ブランドの商品らしい。
化粧水、乳液、アイクリームのサンプルを渡された。
「でもあの探偵さん、他の勘は鋭いけど恋には鈍感そうだから大変ね」
「私も自分の気持ちに気付いたのが最近なので仕事がやりにくくて。仕事とプライベートは分けないとって思ってはいるんですけど……」
「相手が上司だものね。恋愛は生きるモチベーションにするにはいいのよ。恋をして綺麗になることも確か。でもそれが人生の主軸になってしまうと、たちまち恋に喰われる。恋に喰われた女は捨てられるだけよ。余計なお世話でしょうけど、気を付けなさいね」
それは恋に喰われた経験のある女の重みを含んだ忠告だった。
*
化粧品会社のビルから出てくる早河となぎさを道の反対側から寺沢莉央が見つめていた。
「あの二人はどこまで真相に辿り着くかしら」
『人間に絶望している貴女が積極的に人助けに関わるなんて変わりましたよね』
莉央の隣には佐藤瞬が立っている。彼女はサングラスを少し上げて佐藤を見た。細い銀のフレームの眼鏡をかけている佐藤は裸眼の時とはまた印象が異なる。
「変わった……そうなのかな。もしかしたら浅丘美月だからなのかも。あなたにならその意味がわかるでしょう?」
『……そうですね』
佐藤は眼鏡の縁を押さえて頷いた。
「静岡には行かないの?」
『クイーンもキングも、どうしても俺を静岡に行かせたいようですね』
「だって、世界で一番大切な女の子に会いたいんじゃないの?」
『顔を見てしまって……気持ちが抑えられる自信がありませんから』
顔を見てしまえば触れたくなる。抱き締めたくなる。
3年前に死んだはずの男が姿を現せば美月はどう思う? これ以上、美月の心を乱したくない。
早河の車が走り去るのを見届けて二人も車に戻った。
「キングも浅丘美月に興味を持ってる。そのことについてはどう思う?」
『キングが美月のことをどのようにお考えなのかはわかりません。美月を危険な目に遭わせないでいてくれることを願うだけです』
「その点ではカナリーと同じことを言うのね。みんなから守られる浅丘美月……不思議な子ね」
「所長、あの部長さんに気に入られてしまいましたね」
『ヤキモチか?』
「はぁ? どうして私がヤキモチを妬かなくちゃいけないんですかっ」
『親が他所の家の子供を可愛がってると子供はヤキモチ妬くだろ?』
「私は所長の子供になった覚えはありません!」
指摘としては当たっていても解釈は的外れだ。それをわかって言っているのか、天然で言ってるのか、どちらなのだろう。
早河仁という男は本当に心臓に悪い男だ。
せっかく来たのだからと言って、応接室に戻ってきた市川部長はなぎさに渡す新製品のサンプルも持参していた。
里奈の個人情報を入手した早河は先に応接室を出て、室内にはなぎさと市川だけになる。
「あなた、あの探偵さんのことが好きなんでしょう?」
「えっ……どうして……」
「見ていればわかる。あなたはわかりやすい人ね。気持ちが顔に出てるのよ」
市川がサンプルの化粧水をなぎさの手の甲に塗布した。ハーブの穏やかな香りの化粧水が手の甲にすぅっと馴染み、肌触りはすべすべだ。
9月発売予定の新ブランドの商品らしい。
化粧水、乳液、アイクリームのサンプルを渡された。
「でもあの探偵さん、他の勘は鋭いけど恋には鈍感そうだから大変ね」
「私も自分の気持ちに気付いたのが最近なので仕事がやりにくくて。仕事とプライベートは分けないとって思ってはいるんですけど……」
「相手が上司だものね。恋愛は生きるモチベーションにするにはいいのよ。恋をして綺麗になることも確か。でもそれが人生の主軸になってしまうと、たちまち恋に喰われる。恋に喰われた女は捨てられるだけよ。余計なお世話でしょうけど、気を付けなさいね」
それは恋に喰われた経験のある女の重みを含んだ忠告だった。
*
化粧品会社のビルから出てくる早河となぎさを道の反対側から寺沢莉央が見つめていた。
「あの二人はどこまで真相に辿り着くかしら」
『人間に絶望している貴女が積極的に人助けに関わるなんて変わりましたよね』
莉央の隣には佐藤瞬が立っている。彼女はサングラスを少し上げて佐藤を見た。細い銀のフレームの眼鏡をかけている佐藤は裸眼の時とはまた印象が異なる。
「変わった……そうなのかな。もしかしたら浅丘美月だからなのかも。あなたにならその意味がわかるでしょう?」
『……そうですね』
佐藤は眼鏡の縁を押さえて頷いた。
「静岡には行かないの?」
『クイーンもキングも、どうしても俺を静岡に行かせたいようですね』
「だって、世界で一番大切な女の子に会いたいんじゃないの?」
『顔を見てしまって……気持ちが抑えられる自信がありませんから』
顔を見てしまえば触れたくなる。抱き締めたくなる。
3年前に死んだはずの男が姿を現せば美月はどう思う? これ以上、美月の心を乱したくない。
早河の車が走り去るのを見届けて二人も車に戻った。
「キングも浅丘美月に興味を持ってる。そのことについてはどう思う?」
『キングが美月のことをどのようにお考えなのかはわかりません。美月を危険な目に遭わせないでいてくれることを願うだけです』
「その点ではカナリーと同じことを言うのね。みんなから守られる浅丘美月……不思議な子ね」