戸籍ごと売られた無能令嬢ですが、子供になった冷徹魔導師の契約妻になりました
 しっかりと湯を張り入浴を済ませたシルファは、寝衣に身を包みベッドの端にちょこんと腰掛けている。

 寝室にはシルファ一人。執務室に続く扉の下から、わずかに光が漏れている。


(まだ仕事中なのかしら)


 昨日も気絶するように眠ったと言っていたし、流石に今日はゆっくりとベッドで寝てほしい。

 これだけ広いベッドなのだ。端と端で眠れば互いに干渉し合うことなく眠れるだろう。
 一応は夫婦なわけなのだから、同衾をするのもおかしなことではない。

 シルファは覚悟を決めて執務室に足を踏み入れた。

 やはり思った通り、まだルーカスはデスクに齧り付いていた。


「あの、そろそろお休みになったほうがよろしいかと」

「む、もうこんな時間か……もう少し……」


 ルーカスはチラリと時計を見て、再びデスクに広げた無数の設計図に視線を落としてしまった。

 シルファは、はあ、と息を吐いてからデスクの対面に回り込んで腰を落とした。デスクに両手を添え、覗き込むように見上げる。強引にルーカスの視界に入ろうという算段だ。


「ルーカス様」


 諌めるように名を呼ぶと、ルーカスはものすごい速さで走らせていたペンをポロリと落として顔を上げた。


「ルーカス様?」


 黄金色の目を大きく見開き、硬直している。どうしたのだろう。


「ようやく名を呼んでくれたな」

「あっ……」


 頭の中ではすでに名前で呼んでいたのだが、確かに本人を前に言ったのは初めてだ。

 特に意識していたわけではないのだが、こう、指摘されてしまうとどうも面映い。

 様子を窺うように見上げていると、ルーカスは花が綻ぶような笑顔を見せた。

 思わず息を呑んでいる間に、ルーカスはグッと伸びをして椅子から飛び降り、デスクを回り込んできた。





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