薬師見習いの恋
 彼は私なんてまったく眼中にないんだ。
「マリー、薬草摘みに行く前にルスティカ様の奥方に薬を届けてくれますか?」
 ルスティカ家は男爵でありティエム領の領主で、この村に別荘を持っている。

 今は奥様が療養でこちらに来ていて、ロニーの薬が体に合ったとかで定期的に薬を届けることになっている。体が弱くて婦人病の疑いがあった。

「わかったわ」
 すでに用意された包みを受け取り、マリーベルは頷く。

「さっきも言ったけど森はダメですよ。魔獣が出るらしいから」
「領主様が立入禁止にしてるんだから入らないわよ」

 昔は火を噴いたり毒の息を吐いたりする魔獣もいたらしい。討伐されて数が減り、今は特別な力を持つ魔獣はいない。が、魔獣と呼ばれるものは総じて通常よりも巨大で人に危害を加える可能性があり、警戒すべき存在だった。

「せっかくの恵みの季節に森に入れないなんてねえ」
 マーゴットのぼやきにマリーベルは同意する。

「きのこにりんご、栗もおいしいですよね」
「神様はどうして魔獣なんて野放しにしておいでなのかしら。こんな辺鄙な村だと国も軍を出してまで狩ってくれないものねえ」
 マーゴットがため息をつく。

「どこかから移り住んできたのでしょうね、私みたいに」
「先生は大歓迎だよ。だけど魔獣はお断りだね。薬になる魔獣なんていないのかしら」

「いたら狩り尽くされてしまいますね」
 ロニーが苦笑し、マリーベルは一緒になって笑った。
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