うみに溺れる。
僕達が小学生低学年の時までは空人のお母さんは単身赴任前で、3人で暮らしていた。
その日は夜ご飯までお世話になって、僕とは違うその温かい食卓に泣いてしまったのを覚えている。
僕の家はいつも父親の沸点が越えないようにビクビク顔色を伺いながら過ごす家庭だったから。
空人がおじさんに向けて言う冗談も口の利き方も、おじさんの反応も僕には有り得なかった。
母さんは父親が死んでから少しずつ笑うようになった。
もう顔色を伺う必要はないし、怯えて暮らす必要もない。
『あ、母さん。髪に埃ついてるよ』
『ひっ、』
『………』
腕を上げて母さんに伸ばした手は届かないまま、その反応に行き場をなくした手はさまよった。
『ぁ、ご、ごめんね!ありがとね!』
『…ううん、鏡見てきたら?』
そうね、と言って母さんは逃げるように洗面台がある脱衣所へと向かった。