ファンは恋をしないのです
「普通の人には見えないですか?」
「い、いえっ!そんなことは…な、なくもない…いえあの…難しいです。どうやっても、やっぱりあの日の三澄さんが私の中で強すぎて、そんな三澄さんを普通の人にはできないですよ。」
「…そっかぁ…。じゃあどうやったら普通の人になれますかね?」
「えっ?」

 三澄は出てきたおつまみを軽快に口に運びながら『うーん』と唸る。

「里依さんの話は聞きたいけど、里依さんに緊張してほしいわけでも、怖がってほしいわけでもないので。」
「怖がってはいません!」
「怖くは、ない?」
「はい!怖いなんて思ったことないです!」
「…良かった。でも、緊張はするでしょ?」
「…それは、すみません、はい、します。」

 里依は正直に答えた。失礼だとも厄介だとも思われたくない気持ちは常にある。そもそも、こんな風に話していていいわけがないと頭ではわかっているのに、すぐに立ち上がって帰るのも失礼な気がしてできない。

「…本当は、こうやって三澄さんと食事をすること自体がだめってわかってます。」
「だめ?どうして?」
「三澄さんにはファンがたくさんいて、あの…私は一応女なので、その…彼女とかじゃないですけど、それでも週刊誌とかに撮られちゃったら何が起こるかわからないじゃないですか…。ファンと簡単に交流するような人なんだと思われるのも危ないし、三澄さんの声優人生の邪魔になるようなことをしたくないので…。」

 里依は俯いた。結局のところ、だめだと思う理性と、話して作品の良さを聞ける喜びを天秤にかけたときに喜びが勝ってしまっているからこうなっている。それは自分の狡さだった。

「…全部、僕のせいであって、里依さんのせいじゃないですよ。僕が、あの日の里依さんの言葉が嬉しくて、それこそ里依さんで言うところのライブみたいに、何度も思い出して。そうやってるうちに、どんどん嬉しい気持ちが膨れていった。会えるなら、また会いたいって思っちゃった。またあの、キラキラな顔で話しててほしいなって。」

 里依が顔を上げた先に待っていたのは、ライブ会場で見たアイドルスマイルではなく、それこそ声優でも何でもない、ただの三澄の笑顔だった。里依の胸がきゅうっと苦しくなる。頬が熱くて、何も恥ずかしいことはしていないはずなのになんだかむずむずする。
< 20 / 87 >

この作品をシェア

pagetop