ファンは恋をしないのです
「里依さん。」
「す、すみません!すぐ帰らなくちゃいけないのはわかってるんですけど…すみません!あの、もう少し収まれば…帰れるので…。」

 里依はいつもよりも早口で言い切った。心臓が恐怖でドクドクとうるさい。光がある暗闇は平気なのだ。たとえば映画館。一瞬の暗さも、確実にその数秒後に明かりがつくとわかっているから怖くない。しかし、停電はよくない。いつ明るくなるのかわからない。昼間の停電ならまだよかった。夜の停電で、その上近隣も停電となると辺り一帯が暗い。雨のせいで月の明りも星の光もあてにならない。そしておまけに強い雨に落雷。大きな音もライブのサウンドなどであれば平気だが、どうしても雷の音だけはだめだった。
 里依のすぐ隣に三澄は腰を下ろした。いつもの里依ならその距離の近さをきちんと感じることができるが、目を瞑って縮こまる里依には何も見えていなかった。

「里依さん、俺の声、聞こえる?」

 里依は下を向いたまま頷いた。

「里依さん、そんなにぎゅっと耳覆ってたら怪我しない?」
「でもっ…今日は耳栓を持ってなくてっ…!」

 顔を上げた里依は思っていた以上に近くにいた三澄に驚いて、すっと下がろうとした。その瞬間に再び大きな雷が落ちた。

「っ…。」

下がりきれずにバランスを崩した里依が咄嗟に降ろした手の先には、三澄の手があった。咄嗟のこととはいえ、上からぎゅっと握ってしまったことに罪悪感があって、口からは謝罪の言葉が止まらない。

「す…すみません!本当に…重ね重ね…すみません!」

 ぱっと離れた里依の手を掴んだのは三澄だった。スマホのライトは上向きにしたまま、ソファの上に置かれている。

「謝ることじゃないよ。里依さんが嫌じゃないなら、落ち着くまでここにいて?こんな暗い中で里依さんのこと、一人にできないし、帰せないよ。」

 三澄の穏やかな声に、じわりじわりと涙腺が緩んでいくのを感じる。泣きたいわけじゃないのに、涙が溢れて視界がぼやぼやになっていく。こらえきれずに瞬きをすると、大粒の涙がこぼれ落ちた。視界が少しマシになってから見えた三澄ははぁ、と小さくため息をついてから微笑んだ。
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