ファンは恋をしないのです
「はっ!す、すみません!何も考えずに手を取るなんて…!」

 引っ込めようとした手を逃さず、三澄はきゅっと握る。

「誰もいないところなら手を繋いでもいい。今日はそうだったじゃん?延長戦!」

 三澄の笑顔に、里依はなんだか泣きたい気持ちになってきた。目を閉じると今日のことが思い出される。緊張していたこと。その緊張はきっとバレていたけれど、それでもずっと、三澄は笑っていてくれたこと。段々里依も、自然に笑えるようになっていたこと。二人で食べたアイスが美味しかったこと。そして…今日がこうやって会える、最後になるということ。
 夢の終わりは、当たり前にやってくる。理由もなく、会える人じゃない。今までの方が、ずっと変だった。声優だけど、それだけじゃないのだということを、知ってはいけなかった。知らなければこんな気持ちになっていない。知ってしまったから、名残惜しいなんて思ってしまった。
 三澄に手を引かれるままに、歩き出す。波の音を生でこうやって聞くのはかなり久しぶりな気がした。瞬きの回数が増える。ぐるぐる考え始めると終わらないタイプの思考回路をもつ自分が、こういうときには嫌になる。
 三澄はまっすぐに、「仲良くなりたい」と言った。それはきっと嘘じゃない。でも里依は、ファンとしてその言葉を受け取ることは許されない。そう思う気持ちは、ずっとある。それを抑え込んでみたり、気にしないようにしてみたり、色々してみての今日だった。

「歩くの、早い?」

 振り返った三澄の目が、上手く見れない。里依の目は、砂を見つめている。

「…これが、最後だと思うので…言うんですけど…。」

 三澄の足が止まる。里依の方に、一歩詰めてくる。

「うん。」

 静かな肯定が、痛い。

「…ずっと、夢みたいな時間でした。ステージにいた方と、こんな普通の人みたいに過ごして、普通の会話をしてくださって、作品の感想も伝えられて。ただのファンの一人でしかない私が、こうやって特別な時間を過ごさせてもらったこと、ずっと忘れないです。口外も、しません。…怜花には…相談してますけど。」
「それは俺も、二階堂に話しちゃってるからお互い様。」
「…三澄さんがずっと『楽しい』って言ってくださってましたけど、そんなのこちらこそです。…緊張していたけど、今もしてますけどでも…ずっと楽しかったです。」

 瞬きをしたら、涙が落ちてしまいそうだった。どうにか堪えてと願いながら、なるべく笑顔を作って、里依は顔を上げた。
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