ファンは恋をしないのです
「楽しかった?ほんと?」
「ほ、ほんとです!」

 楽しかったのは今日だけじゃない。居酒屋で再び会った時も、緊張したけれど会えて嬉しい気持ちがちゃんとあった。話していて、笑ってしまうこと、照れてしまうこと、感情がたくさん動いてどうしたらいいかわからなくなって、それでもやっぱり、一緒にいる時間が嬉しさで満ちていた。帰ると少し、寂しいなんて思ってしまうくらいには。

「…そっかぁ。よかった。里依さんも、ちゃんと楽しかったんだ。」

 少しいつもよりも落ちたトーンに、里依は少し見上げて三澄の表情を探る。

「…ずっとね、俺ばっかりが嬉しくて楽しいなら、それは里依さんにとって負担だよなって思っているところもあったからさ、これでも。…まぁ、それでも俺が会いたくて、あと、里依さんの真面目さと優しさにつけ込んで誘ってたんだけどね。でも初めて、…里依さんの気持ち、聞けて嬉しい。…よかった。」

 優しくて穏やかな三澄の声が、波の音と合わさって里依の耳に響く。三澄の優しさにつけ込んでいたのは、自分も同じだった。三澄はずっと、言葉でも態度でも一緒にいることが「嬉しい」「楽しい」と伝えてくれた。いつでも里依を安心させようとしてくれていた。そんな優しい人に、自分は一度でも真っ直ぐに思いを返したことはあったのだろうか。
 目の前の三澄の心から嬉しそうな表情を見て、たくさん考えさせて、たくさん我慢させて、きっと不安にもさせていたことを知る。自分の不安や、ファンとしての立ち位置と越えてはならない境界線。そればかりを見ていた自分がしてきたことが、ひどく身勝手なものに思える。
 さっきまでは、これで最後だと思う寂しさからきていた涙が、今度は自分の不甲斐なさのせいで戻ってくる。瞬きをした瞬間、里依の目からは涙がすうっと一筋落ちていった。

「里依さん…?」
「す、すみません…!あの、本当に…ご、ごめんなさい。今自分のしてきたこととか、言ってることとか…身勝手さが蘇ってきて…。いきなり泣いたらまた迷惑を…!」

 目元を拭う里依の手を、三澄の手が掴む。そしてそのまま、三澄は少しだけ力を入れて、その体を引いた。
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