ファンは恋をしないのです
* * *

 体に全くと言っていいほど力が入っていなかったのか、里依の体は三澄の胸にすぽんと収まった。その頭を自分の胸に押し付けるように、後頭部に手を回した。強く抱きしめてしまいたい気持ちを抑えて、怖がられないように、優しくと頭の中で言い聞かせて。

「迷惑じゃない。里依さんが泣いても笑っても、全然迷惑じゃない。…あとね、一つ訂正させてね。…最後に、できないよ。」

 最後だから言う、と里依は言った。三澄もそれを肯定した。しかしそれは、そうしないと里依の本音を聞けないと思ったからだった。

「里依さんは最後って言ったけど、最後になんか、できない。」

 胸の中にいる里依がすんと鼻をすする音がした。思わず腕に力が入る。

「まだまだ里依さんのことが知りたいし、一緒に過ごしたいし、またうちに遊びに来てほしいし、作品の感想も話してほしい。…一緒にやりたいことがたくさんあるよ。」
「わ…私は…。」
「うん。」

 腕の力を緩めて視線を下に移す。完全に放してしまいたくなくて、ゆるく里依の背に腕を回したまま。里依は俯きながら、口を開いた。

「私は…声優ではなくて、普通の人で…そんな私が、あの…もっと知りたいとか、そういう気持ちをもっても…いいんですか?」

 瞬きをするとまた、砂の上に涙が落ちていく。泣いてほしくないのに、泣いているところですら可愛いと思っているのだから重症だ。

「…里依さん。俺が遠回りしたいって言った時に、もう少し話したいって言ってくれたでしょ?あれで俺がどれだけ嬉しかったかわかる?…本当はさ、あの時こうやって抱きしめられてもおかしくなかったからね。運転中だったからできなかったけどさ!」

 少しだけトーンを上げてそう言うと、里依はゆっくりと顔を上げた。

「…その、借りていたものをお返ししてしまったので、もう理由が…なくて。」

 背に回していた右腕をそっと解く。そして里依の左頬の涙の跡に触れた。頬はひんやりと冷たく、涙が通った跡はより一層冷たく感じた。

「話がしたい、もっと知りたい。それは充分、理由じゃないの?」
「理由は…それで…いいんですか?」

 瞬きの度にぽろりと落ちていく雫は砂に吸われていく。

「俺がそれで里依さんを誘ってるのに、里依さんがそれ以外に理由がないと俺に連絡できないっていうのも変でしょ?普通に同じだよ。」

 ポンと軽く、里依の頭に手を乗せる。おそらく泣いていてそれどころじゃないからだろう。三澄が触れても、里依の顔が赤く変化しないのは。

「どちらかが相手を嫌だなとか、一緒にいれないなって思ったら…まぁそうなったらめちゃくちゃ落ち込むけど、そうなったら、自然と離れるものだよね、人間関係って。そうなりたくないから…。」

 再び落ちた涙を、拭う。もう里依は、三澄にされるがままになっていた。一生懸命、三澄の言葉を真正面から受け止めようと必死になっているようにも見える。

「…里依さんが泣かないようにしたいし、泣きたいときは一緒にいてほしいなって思える存在に昇格する!」
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