ファンは恋をしないのです
「いざ、開けます!」
「はいっ!」

 ビニールをピリピリと開け、薄い水色の箱を取り出す。ブルーレイは2枚入っていて、1日目と2日目のうち、里依は2日目の方のブルーレイをセットした。座っている三澄の方に、里依は少しだけクッションを近付けてから座る。

「と、隣に来てくれるの?」
「…はい。近くで…その、観たいと思ってまして…。」
「…そ、そうなんだ。」

 妙に気合が入っていつもよりも声が大きく、はっきりと話す里依に、三澄は少し押されつつもそれ以上の言葉は飲み込む。

「…隣だと、困りますか?」
「ううん、全然。近くにいてくれる方が嬉しい。」
「…私が動揺して動いて、ぶつかっちゃったら、ごめんなさい。」
「いいよ。里依さんならどーんと受け止めます。」
「そ、そこまで体勢を崩すほど…衝撃…ないと思ってるんですけど…あ、でも私が映ってたら大声出しちゃうかもしれません。」
「そっか。そういう可能性もあるね。あ、始まった。里依さん、どのへんだったの?」
「えっと、ここをムビステが動いたと思うんですけど、ちょうどこの辺です。」
「めちゃくちゃ近い!えー!絶対見てるエリアだよ。」
「…そうなんです…恐れ多くも、目が合ったと勘違いするくらいに近くて…。」

 キャラクターを紹介する動画が流れている。この時の緊張感がじわじわ蘇ってくる。あの日の里依は、まずステージとの距離に驚いていた。こんなに近くで観ていいのか、と困惑すらしていた。二度とこんなにいい席で観ることはないだろうとも思っていた。
 1つ目のユニット、2つ目のユニットが終わって、三澄が出てきた。白を中心として、個人カラーである黄色がところどころ入った衣装で、インナーがそれぞれのキャラクターに寄せてある。たとえば三澄はいわゆるスタンダードなYシャツの首元を開けたタイプだが、可愛いキャラクターを担当している声優が身に着けているものはフリルがあったりレースがついていたりする。
 大きく手を振って、ニコニコの笑顔の三澄が、長いセンターステージまでの花道を走り抜けていく。その背を追いかける他のメンバー。みんなで集まると、顔を見合わせて呼吸を合わせてサビを歌い出す。

「…仲良いなぁって、思ったんです。アイコンタクトして、タイミング合わせて、でもそれは自然で、…本当に『スモハニ』で。」
「目が合うとね、安心するの。一人じゃないぞーって。さすがに1曲目は結構緊張してるからね。」
「…すごい…。緊張しているようにはとても…。」

 里依の残りの人生でも、決して立つことはないステージ。そこに立った三澄は輝いている。あの日見た三澄も、こうしてブルーレイに記録として残る三澄も、こうやって隣にいてくれる三澄なのに同じじゃない。それがきっと、『声優』の三澄と、『そのまま』の三澄の違いなのだ。
< 76 / 87 >

この作品をシェア

pagetop