ファンは恋をしないのです
「わっ…映ってた…!」
「え?あ、映ってたの?」
「…3秒くらいでしたけど…いました…よかった…変な顔してなくて…。」
「見逃したっ!」
「い、いいんですよ私のことは見逃して!」
「えぇ~10秒戻ししちゃだめ?」
「だ、だめです!」
「じゃあ家でスローで観る。この辺のところ。」
「私のことはいいんですってば!」

 里依が慌てると、三澄がふわっと笑う。この笑顔は、知らなかったものだ。アイドルの役として、初めて里依の目の前に出てきたこのライブの三澄の笑顔とは違う。こうやって一つずつ、映像を観ながら違いを確かめて、心の中を整頓する。
 声も違う。ライブ中はずっと『朋希』の声で、三澄がライブ中のトークで自分として話す声は『朋希』の声よりも少し低い。そして、里依と話すときの声はその声よりも低い。地声は割と低めで、これはラジオやYouTubeの番組でもあまり聞くことができない声なのだということは少しずつ知った。自分が電話越しで聞く声は、『声優としての声じゃない』のだと。
 そして、どの番組でもそうだが、三澄は決してお喋りではない。短い言葉で端的に、そして誠実に話すタイプだった。だからきっと、里依と話すときにたくさん言葉を尽くして話してくれるのは、それだけ考えて里依に向き合ってくれたことに他ならない。

 気が付くと、『スモハニ』最後の1曲だった。この曲で、三澄が客席に向かって真っすぐ手を差し出すところがある。里依は当日、それを正面で受けた側の人間だ。

「…この曲が…。」
「うん。」
「…私の中で一番キラキラな『朋希くん』でした。」

 例のシーンは『朋希』の見せ場だ。もちろん三澄がばっちり抜かれている。

「っ…わ、私は現地で、この手を差し出された先に…いて…、本当にこの曲と、笑顔が、頭から離れなくって…。」
「…そっか。一人でも多くの人に届けーって思って歌ってたし、振り付けとかもやってたから…。里依さんに届いてよかった。」

 笑顔が重なる。しかし、ぴったり同じにはならない。同じ人だけれど、あの日見た三澄と、今目の前で笑ってくれる三澄は違うのだ。目の前の三澄には、声が届く。手を伸ばせば、触れられる。その勇気を、自分がもてれば。
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