ファンは恋をしないのです
「わ、私が背伸びをしても、その、届かないかもしれなくて…!」
「…背伸び、してくれるの?」
「してもそんなに伸びないので、できればその、三澄さんにも近付いていただけると…。」

 里依がそう言うと、三澄は「負けた」と小さく呟いた。

「もうだめ。言ってることもやろうとしてることも可愛すぎる。…ちょっとだけ背伸びして、里依さん。」
「はいっ!」

 里依が少し背伸びをすると、ゆるく背中に回っていた三澄の腕が、ぐいっと里依の体を引き寄せる。里依の視界が三澄だけになって、唇に自分のものではない温もりを感じて、恥ずかしさで里依は目を閉じた。
 甘い響きが残って、熱が遠ざかっていく。里依が目を開けると、思っていたよりも近いところに三澄の顔があった。

「ひゃっ…!ち、近いっ!」
「さっきゼロ距離だったよ?」
「そ、それはそうなんですけど!」
「里依さんと俺の身長差だと多分、背伸びしなくても大丈夫。俺がちょっとだけ下向いて、里依さんがちょっとだけ顔近付けてくれたらすぐできるよ。」
「そ、そのちょっとが…どのくらいなのかがわからなくて。」
「…ん-…立ってる方が距離感掴みにくいかな?じゃあ…うん。こうしようか。」

 三澄が里依を腕から解放し、ストンとカーペットの上に腰を下ろす。右足は内側に折られていて、左足は軽く立膝になっている。三澄は自分の右足を指さした。

「里依さん、ここ、おいで?」
「へっ?」
「ここ座って。」
「おっ、重いです私!いえっ、その、標準体重ではありますが、軽くはないので絶対足が痺れてしまいます!」
「痺れたらしばらく動けないから、ずっと里依さんとくっついてられるし、それならそれでいいんだよ。だから来て?」
「…ほんとに…?」
「ほんとに。おいで。」

 三澄の声に、とことん弱い自分を知っている。おいでと言われて、抗えるわけもなく、腕を広げた三澄のところまで行き、そっと座った。

「失礼…します…!」

 さっきとは違って、里依が少しだけ三澄のことを見下ろす形になる。顔は抱きしめられていたときよりもずっと近い。

「お、重くないですか?今すぐおりたほうが…。」
「大丈夫。いなくなんないで。」

 大丈夫を伝えるための軽いキスに、里依は目を瞑る暇さえなかった。
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