低温を綴じて、なおさないで


𓇠


高校二年の、5月半ばだったか。どちらかといえば朝には強く、寝坊することはまずなかった俺がなぜか目が覚めなかった日。その日の目覚めは最高で最悪だった。



当時付き合っていた彼女も当然のように黒髪ショートボブだった。


もう一年も高校で過ごしていれば、俺がどんな髪型の子がタイプなのか学校中に回っていて、俺が言わずともその髪型にしてくれていた。


他校の子くらいだ、聞かれて答えていたのは。代わりを探しているわけではないのに、こうも栞とシルエットが同じだと、どうしても栞を重ねてしまうことはあった。栞だったらいいのに、と最低すぎる考えが時々流れ込んできていた。



なかなか目が覚めなかったその日、夢を見ていた。目を覚ましたくない夢だった。


俺の身体はベッドに沈んだまま、手を伸ばせば届く距離に栞がいた。手を伸ばして引き寄せたら簡単に腕の中にすっぽり収まって、ぎゅっと抱きしめて力を込めても、抵抗されない。



……あぁ、夢っていいなあ。何も考えず、栞に触れられる。ずっとこの夢が、続けばいいのに。




「髪、かわいい」




< 261 / 314 >

この作品をシェア

pagetop