低温を綴じて、なおさないで


同じ髪型の歴代彼女には思ったことも、言ったこともない。小さい頃からこの短さがとてもよく似合っていた。


夢だと普段は言えないことも言える。いつも仕舞い込んでいる本音が、自然と溢れた。



「短いの、すき?」と目の前、夢の中の栞が問いかけるから迷うことなく「好き」を返した。現実の俺じゃ考えられないくらい、頬が緩んで綻んでいるに違いない。




手を伸ばせば届いて、関係が壊れることのない、まどろみの中。


栞が俺に「わたしのこと、すき?」とイエスしか届けられないような問いを控えめに投げかけた。イエスとともに言葉の威力を倍にして返す。



好きに決まってる。好きすぎて、碧に言われた通り臆病になってしまうほどには。




「うん、大好き」




背中に回していた腕に力を込める。柔らかくてあったかくて、壊れてしまいそうで、この夢が現実ならばいいのに、と叶わない思いが駆け巡った。




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