低温を綴じて、なおさないで



日々更新し続ける栞を今日も無事に脳内アップデートして、大学へと足を進める。3限の会計論。出席だけは異様に厳しいこの講義、日数に余裕こそあれど、来たからには取りこぼしたくない出席1。



演習室まで向かう1階の渡り廊下。その声は不意に、現在の俺の世界にやってきた。もう、俺の中では過去でしかないどうだっていいもの。




──「なおくん、」





鼓膜を震わす声の持ち主を、記憶の奥底から特定する。振り向けば予想通りの人物が、あの頃と同じ髪型で立っていた。



──森田真咲。高校時代の、好きになれなかった彼女の中の、ひとり。あんな手紙を渡してまで嘘をついた元恋人。



栞しか見えていなかった俺への当てつけと言われれば、そうかもしれない。嘘をついたこの子と同じか、それ以上に最低だったのは俺のほうだ。



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