低温を綴じて、なおさないで



꙳.☽




0831のロックを抜けて、お邪魔します、とリビングに踏み入れる。ここに来たのはあの日──葉月くんとの縁が切れたとき以来で、そのときのことをどうしたって思い浮かべて、顔がすこし火照る。




「いちごみるくとココアとホワイトビール、どれがいい?」


「……選択肢がぜんぶわたしのすきなものだ……」


「栞の好きなものは当たり前に常備してるけど、引いた?」


「ううん、うれしい。じゃあ、いちごみるく」




了解、と短い返事を受け取って、ソファーに腰掛ける。ちょこん、ともたれかかるベージュのクッションから直の匂いがしてぎゅっと抱きしめた。



いつも通り整然として必要最低限しか物がない部屋。物に対しても、人間関係においても、狭く深くかかわる直のいちばんがわたしであることが何よりうれしい。



実家にいたころも、直はいつもわたしのすきな飲み物を用意してくれてた。……高校生だった、あの日も。



どうぞ、と差し出されて飲み慣れたペットボトルを受け取る。たぶん冷やしてくれていたから、わかりやすく身体が震えた。そんな小さな仕草も見逃してはくれなくて。


わたしのほうへちらりと視線を横してから、甘さを携えて微笑む。




「クッション、じゃなくてさ。暖房効くまでこっち、おいで」



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