恋より仕事と決めたのに、エリートなお隣さんが心の壁を越えてくる

「あまり気が進まないようでしたら、他のメンバーに頼みます。先方にネガティブな空気感が伝わってしまっても困りますし」
「別に、やらないとは言ってないだろ。俺だって公私混同はしない。馬鹿にするな」

 だったら、なぜさっきはわざわざ『忙しいんだけど』と嫌な顔をして見せたのか。

 思わず突っ込みたくなるが、ぐっとこらえる。

「そうですか。では……」
「日程が決まったら教えてくれ。仕方ないから手伝ってやるよ」
「わかりました。よろしくお願いします」
「ん」

 こちらは深々と頭を下げたのに、針ヶ谷さんは目も合わせずに適当な生返事をした。

 彼とは本来仲間であるはずなのに、新規の顧客に営業をかけるよりよほど疲れた……。

 誰にも聞こえないほどのため息をつき、オープンスペースの席に戻る。

 先ほどのメールに返信を済ませると、週末の売り上げを確認するため、自分が担当する取引先各社へと向かった。


「いつもありがとうございます、神崎さん。月に五本売れるか売れないかのこんな小さな店にもよくしてくれて」
 
 初老の店主が、タブレットで売り上げを確認する私の横でしみじみと目を細めた。

 いつも外回りの最後に立ち寄る、会社近くのワインバー『残照(ざんしょう)』。入社してからずっと取引のあるお得意様なので、すっかり顔なじみだ。

 夜からの営業に合わせてすっきり片付いた店内にはアンティーク調の家具が多く、えんじ色のソファやスツール、頭上にぶら下がるチューリップ型の照明も相まって、レトロな雰囲気だ。

< 15 / 199 >

この作品をシェア

pagetop