恋より仕事と決めたのに、エリートなお隣さんが心の壁を越えてくる

「えっ……?」

 那美さんが心細そうに口にした言葉と、虚を突かれたような昴矢さんの反応。

 彼らの表情は見えないが、一瞬にして私の心は凍り付いた。

 妊娠って……まさか、昴矢さんの?

 激しく動揺しながらも、平静を装って静かにその場を離れる。

 彼がそんな無責任なことをするはずはない。

 そう思いたいけれど、私たちはまだ事故のようなキスと、お酒の勢いに助けられたハグまでしか経験がない。そもそも、まだ付き合ってすらいない。

 それで幼馴染の那美さんと彼の間にある絆に勝てるのかどうか、一気に自信を失ってしまう。

 私たちが親しくなったのは、彼がニューヨークから帰国した四か月前のことだし、その頃はまだただの隣人で、同僚だった。

 当時那美さんから何かしらの相談を受けていた彼が、優しさの延長で彼女を抱いた……とか。

 いや、ホテルの同じ部屋にいても手を出してこない昴矢さんが、そんなことするはずない。だったら妊娠っていうのは他の誰かと?

 ……ああダメ。私がいくら考えても答えが出るはずなんかないのに。

 心の中はぐちゃぐちゃのまま、それでもなんとか自宅へ帰って来た。

 キャリーバッグの中身を片付ける気も起きず、リビングのソファにドサッと腰を下ろす。

 なにも考えたくないのに、昴矢さんと那美さんが今どんな話をしているのか、そればかりがぐるぐる頭の中を回る。

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