早河シリーズ第六幕【砂時計】
『香道さんと娘を失ったあんたの悲しみを煽って利用しようと企んだ人間がいるんだろ? カオスのケルベロス……知ってるよな?』
「もちろん。ケルベロスの狙いはあなた、私の狙いもあなた、利害の一致でね。秋彦を殺した組織の人間と手を組んででも、あなたに復讐できるのならそれで構わない」
『あんたが俺を憎む気持ちはわかるけどな、なぎさは関係ないんだ。頼むからなぎさは解放してくれ』

恵の拳銃がなぎさの頭を離れて早河に向く。彼は身構えた。

「そんなになぎさちゃんが大事?」
『ああ』
「それはなぎさちゃんが秋彦の妹だから? あなたの助手だから?」
『その両方だ』
「本当にそれだけ?」
『何が言いたい?』
「それ以外になぎさちゃんに対しての感情はないのかって聞いてるのよ」

 なぎさの心がざわついた。早河が恵の質問にどう答えるか、聞きたいのに聞きたくない。

『……それ以外の感情があったとして、だから何だよ?』

 なぎさが伏せていた顔を上げた。早河と目が合う。微笑する彼と彼女の視線の交わりを、恵の高らかな笑い声が阻んだ。

恵が銃のセイフティを解除する。

「早河さん、私が許せないのはそこよ。あなたもなぎさちゃんも……私から秋彦を奪ったあなたが幸せになるなんて許せない」
「恵さん……止めて……お願い」

なぎさの震える手が恵の服の袖を掴んだ。恵の手も震えている。

 太陽が沈む直前の燃えるような夕焼けが眩しい。早河は静かに呼吸を整えて赤い光に照らされたなぎさの顔を見つめた。

恵が照準を定めて拳銃の引き金を引いた。

「やめて!」

 銃声に紛れて聞こえるなぎさの叫び。早河は左の二の腕を押さえてよろめいた。彼は地面に膝をつけて、弾がかすって腕に受けた痛みに堪える。

「どうして避けなかったの? 今のは刑事だったあなたなら避けられたはずでしょう?」

 拳銃を下ろした恵は困惑して叫んだ。医師免許を持つ恵には人間の急所の知識がある。

急所を狙えば簡単に殺せる。だが彼女はわざと急所を外して発砲した。そして早河もそれに気付いていた。

『あんたの気持ちは……全部俺が受け止めてやる。怒りをぶつけられるのは俺しかいねぇだろ? 遠慮しねぇでぶつけろよ』

 早河の左腕からは温かな血が流れて地面に赤い血の跡を作る。彼は地面に右手をついて体重移動しながら立ち上がった。

『俺は何をされても抵抗しない。だけどなぎさには手を出さないでくれ』
「……本気なのね? 本気でなぎさちゃんのこと……愛しているのね」
『どうやらそうみたいだ。なぎさには迷惑な話かもしれないがな……』

 早河は時折、痛みに顔を歪めた。呼吸も荒い。でも彼がなぎさを見つめる眼差しは優しく温かい。

早河の気持ちを受け取ったなぎさは今すぐ彼の胸に飛び込みたかった。同じ気持ちだと叫びたい。愛していると伝えたかった。
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