早河シリーズ第六幕【砂時計】
 そのうち眼鏡が邪魔になり、彼の眼鏡を莉央が外す。二人は笑いながらまた唇を重ねた。
軽めの接触からふたりの深いところへ、キスの最中に漏れた唾液と吐息の音色が官能の気配を強めていく。

 このまま莉央を抱いてしまいたい……と、脳裏によぎった不埒な思考を必死で掻き消しても、それでもスパイダーは莉央と唇を重ねていたかった。

スパイダーの手は莉央の腰から臀部《でんぶ》、そうしてスカートの中へ。ショーツ越しに触れる彼の手の動きを、莉央は許してくれている。
これくらいなら、まだ彼女の許容範囲ということだ。

 この恐ろしく魅力的な女は天使か悪魔か、女神か魔女か。

 カオスの男達は皆、少なからず莉央に淡い恋をしている。
キングは言わずもがな。スパイダーもスコーピオンも、ケルベロスもファントムもラストクロウも、莉央の頼みは何でも聞いてしまう節がある。

莉央の父親も二人の異母兄も、莉央に陶酔していた。寺沢莉央は生まれながらに男を支配する、天性のクイーンだ。

 長いキスを愉しんでスパイダーから離れた莉央はケトルの火を止めた。まずティーポットとティーカップを温め、茶葉を入れたポットに熱湯を注いだ。

「同じように早河仁を殺していいのもキングだけよ。キングのお楽しみを奪ってはいけないの」

 ピアノが奏でる音色のように、気品のある声で残酷な言葉を紡ぐ女王陛下。

「ねぇ、お部屋まで運ぶの手伝ってくれない?」

グレージュの髪を掻き上げて莉央は可愛らしく顔を傾ける。さっきまで官能的なキスを交わしていた彼女が今は甘え上手な猫に思えた。

 莉央から返してもらった眼鏡をかけ直してスパイダーは苦笑する。彼女には敵わない。

『クイーンが火傷や怪我をされたら僕がキングに叱られます。その代わり、ティータイムをご一緒してもよろしいですか?』
「あなたなら大歓迎よ。キングが買ってきてくれたケーキがあるの。一緒に食べましょう」

 二人分のケーキを載せたトレイを持って莉央が先にキッチンを出る。スパイダーもティーポットと二つのカップを載せたトレイを持ち上げた。
リビングを横切る時に部屋の片隅に置かれたチェス盤が目に留まった。

(チェスの最強の駒はクイーンなんだよな……)

 貴嶋佑聖と早河仁、ふたつのキング。
宿命の二人のそれぞれの最強の駒は寺沢莉央と香道なぎさ、ふたつのクイーン。
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