早河シリーズ第六幕【砂時計】
 彼は涙を流す美月の肩を引き寄せた。華奢な彼女の肩から背中に腕を回し、細い身体を強く優しく抱き締める。

ずっとこのままこうしていられたら、どんなにいいだろう。このまま美月に正体を明かして彼女を連れ去りたい……。

だけどそれはできない。愛しているから、誰よりも大切な君だから、君の人生を壊したくない。

 すべてが3年前と同じ。
3年前と違うのは、佐藤瞬はもういない。
ここにいるのは佐藤瞬ではなく、三浦英司。

「三浦……先生……?」

 彼の行動に戸惑う美月が腕の中から顔を上げた。表情から読み取れる感情は戸惑いと驚き。
薄く開いた血色のいい彼女の唇に吸い寄せられそうになる。寸前のところで理性を保って、彼は微笑んだ。

『気をつけて帰りなさい』

 腕に閉じ込めた美月を解放した彼は彼女の横をすり抜けて足早に階段を降りた。一度も振り返らずにロビーを横切って図書館を出る。

暖房の効いた図書館から北風の吹く屋外へ。この寒さが加熱した心を冷やすにはちょうどよかった。

 美月に気付かれないように振る舞っていたつもりだった。それなのに抱き締めてしまった。

『結局俺は美月を泣かせることしかできないな』

 力無く呟いた声は佐藤瞬のもの。どんなに別人に成り済ましても、美月だけは欺けない。

         *

 三浦に扮した佐藤瞬が立ち去った通路に美月は立ち尽くしていた。三浦と佐藤が重なったあの時、美月の目の前には佐藤瞬の幻が現れていた。

わからない、わからない。
三浦英司は三浦英司だ。佐藤瞬であるはずがない。

頭の中で彼の低い声がこだまする。

 消えた彼が残したものはあの夏の残像
消えた残像を美月は探す
もう見つからない

季節は冬、あの夏の残像はもうどこにもいない


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