早河シリーズ第六幕【砂時計】
『チャーシュー麺、それと特盛餃子』

 長身の男は店の壁に貼ってあるメニュー表を数秒見ただけでカウンターの向こうにいる割烹着を着た女将に料理を頼む。

「今日は連れてる人が違うねぇ。はい、お冷や」

ラーメン屋の恰幅のいい女将は、小山真紀とその隣に座る男に水を入れたグラスを置いた。真紀は苦笑いして、冷たい水を喉に流した。

 このラーメン屋は真紀が警視庁に配属された4年前から上司の上野や早河達とよく訪れている。ここに来る時はいつも上野や早河、矢野が一緒だが、今日は女将の言うように連れている人間が違う。

カウンター席で真紀の隣にいる阿部知己は長身の身体を窮屈そうに折り曲げて座っていた。

 遡ること1時間前、警視庁の廊下を歩いていた真紀は阿部に声をかけられた。
原昌也の自殺で幕を閉じた前科者連続殺人の捜査本部は16日の今日付けで解散、指揮官を務めた阿部は役目を終えてホームの警察庁に帰還する。

 廊下で鉢合わせた阿部にこれから時間があるかと問われ、真紀が首を縦に振ると今度はどこか話ができる場所に連れて行けと命じられた。

ちょうど夕食の時間帯でもあったので、真紀は行きつけのラーメン屋に阿部を連れて入り、今に至る。
警察庁のエリートとラーメン屋で肩を並べているこの状況に彼女は萎縮していた。

『大丈夫か?』
「え……? 何がですか?」
『原のことだ。精神的にダメージを受けていないことはないだろう?』

 阿部はサイドメニューで注文した特盛餃子にタレを含ませて口に運んだ。真紀も自分の分の特盛餃子を頬張る。やはりここの餃子は格別に美味しい。

「同僚でしたし、ダメージはあります。上野警部や早河さんも、私には彼の正体を黙っていたくらいですから。でもそれを言うなら阿部警視も、原……さんとは警察学校の同期じゃないですか」
『俺の場合はただの同期だ。原に深い思い入れはない。お前の先輩刑事の香道秋彦とはそれなりに話をしたこともあるがな』

 阿部知己、原昌也、香道秋彦、同い年で警察学校の同期だった三人。
阿部と香道がどんな風に話をしていたのか、想像もつかなかった。上野に聞いた話だが、2年前の香道秋彦の葬儀にも阿部は参列していたらしい。

『警察学校で俺と机を並べていた時にはあいつはもう父親を殺した犯罪者だった。あいつの裏の顔を当時に見抜けなかった自分に腹が立ってる。……これ、旨いな』

 最後に呟いた阿部の感情のある言葉に、真紀は彼に気付かれないように笑った。

(もしかして警視は私を心配してくれてる? 同僚が殺人犯……しかもカオスの人間だったから私が落ち込んでると思って……)

わかりにくい不器用な阿部の優しさを感じた。
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