Star Shurine Gardian ―星の大地にある秘宝の守護者―
聞き取り② 半年前のこと
半年前のこと。蟹の目町に、1人の男がやってきた。その男は、東の都の城で医官をしていたというが、辞して故郷の町に戻ってきたのだ。
アクラブは蟹の目町で蟹の漁師をやっていた。この町の産業は漁業と船の運航の二つが主で、まさに地場産業に頼っている形だった。西の村ほどではないが、中つ都や東の都に比べると貧しい方で、医療がさほど発達していない。理由は、医師たちが「人口が少ない町より多い都の方が儲かる」という理由で、町からほとんどいなくなってしまったのだ。
ところが、その男は一つの空き家に住み着くと病院を開業する。町には老齢の医師がやっている小さな病院が一つあっただけなので、住人たちはとても喜んだ。さらに、この医者は若いのに腕が良く、どんな病気も適切な薬を調合してあっという間に治してしまったのだ。
「それがアンタレスだったというわけか……」
「ああ、町の連中は彼を救世主扱いしていたよ」
さらにアンタレスは、町役場に掛け合って患者の医療費負担を少なくしてほしいと頼んだ。その甲斐あって住人たちは医療費が安くなり、さらに喜んだ。
「あの時のアンタレスはすごかったなあ。患者を治すだけじゃだめだと気付いて改革をしてくれたんだ」
「……あのさ」
フォマルハウトの頭に疑念がわく。
「それ、アンタレスが開業してからいつのことだ?」
「え? ああ、ひと月はたっていなかったような……」
フォマルハウトは「おかしい」と首をひねる。いくら腕がいい気鋭の医者だからといって、役場に掛け合ってそんな短期間に医療費負担を減らすなんてできるだろうか? しかも、蟹の目町の役人は愚鈍で事なかれ主義の者ばかりのはずだ。以前、取材したことがあり、段取りの悪さや仕事への熱意のなさは感じていた。
「まあいいや、続けてくれ」
その後、アンタレスの医者としての腕は評判になった。人格も優れ、少しでも世の中を良くしていこうという理想を語る姿が、共感する者を増やしていった。そのため、病院の待合室には若者が集まるようになる。漁師、船乗り、風来坊、ごろつき……と立場はさまざまだが、このくさった時代を何とか変えようと思い、熱く語り始めた。
普通の医者は「患者の邪魔になるから出て行ってくれ」と言うだろうが、アンタレスは何も咎めず、それどころか休憩時間などには一緒に語るようになった。
貧しい者が病院にかかれない、西の村では貧困が進んでいて子供の死亡率も高い、都では役人の一部だけが裕福で、民の暮らしは見向きもされない、などなど……。
その頃ちょうど妖星疫が蔓延し始めたので、町の住人たちはさらにアンタレスを頼るようになる。星の大地じゅうに蔓延し、蟹の目町にも広がってきていた時だ。蟹の目町は最初に罹患者が出た中つ都に近いので、広がるのも早かった。未知の病気に打ち克つためにはどうすればいいのか、どうやって予防すればいいのか……すると、アンタレスは予想外のことを言った。
「これを飲めばいい」
それは小瓶に入った赤い液体であった。曰く「体に妖星疫の情報を覚えさせて体の防御システムを強化し、撃退する薬」だという。現実世界でいうワクチンのようなものであろう。さらに、1つの鏡の玉を取り出した。
「この鏡の玉を反射させた太陽の光を当てて、薬は作るんだ」
住人はこぞってその薬を飲んだ。すると、確かに妖星疫に罹患する者は激減した。しかも、罹った者も軽症で済み、あっという間に回復したのだ。
「…アクラブ、その玉ってどのくらいの大きさだ?」
「このくらいかな」
アクラブは両手の親指と人差し指で丸を作る。彼の手は大きい方なので目測では分かりにくい。フォマルハウトは近づいてその直径を計った。さらに、帳面に書き残していた北辰の祠の台座の大きさと比較してみる。
(ほぼ一緒だな……)
アクラブの円の直径から推測して、ちょうど台座に収まるだろう。フォマルハウトは次のように推測した。アンタレスは城を退職した後、北の町に行ってポラリスを盗んだ。その後、蟹の目町に来て病院を始めた。さらに妖星疫を治すという薬を開発し、住人の心を掌握した。
ただの鏡の玉であるポラリスでそんなことが可能なのが疑問である。もしかしたら、ポラリスは飾りで、もともと特効薬を独自に作ったのかもしれない。
1時間たった頃に出前が届いた。頼んでいた鬼鰹揚げの丼が2人前届いたのである。
「すまねえな、こんなもん馳走になっちまって」
アクラブは笑いながら丼をほおばる。いかついが笑顔は愛嬌があり、好感が持てる男なのだ。
「刑に服する場合はこれも食べられないけどな。今回は取材ということで特別だ」
フォマルハウトも食べながら応える。実をいうと、うまいものを食べさせて少しでも情報を引き出そうという魂胆もあった。
丼をたいらげ、一息ついたところで取材の続きが始まった。フォマルハウトにすれば、これから聞き出す内容こそが知りたいことだった。すなわち、シャウラと赤星党の接触および入党のいきさつである。フォマルハウトはシャウラが自分の妻であることは明かさず、「東の都から1人の女が入党したと聞いた。行方不明者として手配されている。心あたりはあるか?」とたずねた。
するとアクラブは「ああ、いたよ。シャウラって女だ」と、あっさりと答えた。さあ、ここからが本番だ。
アクラブは蟹の目町で蟹の漁師をやっていた。この町の産業は漁業と船の運航の二つが主で、まさに地場産業に頼っている形だった。西の村ほどではないが、中つ都や東の都に比べると貧しい方で、医療がさほど発達していない。理由は、医師たちが「人口が少ない町より多い都の方が儲かる」という理由で、町からほとんどいなくなってしまったのだ。
ところが、その男は一つの空き家に住み着くと病院を開業する。町には老齢の医師がやっている小さな病院が一つあっただけなので、住人たちはとても喜んだ。さらに、この医者は若いのに腕が良く、どんな病気も適切な薬を調合してあっという間に治してしまったのだ。
「それがアンタレスだったというわけか……」
「ああ、町の連中は彼を救世主扱いしていたよ」
さらにアンタレスは、町役場に掛け合って患者の医療費負担を少なくしてほしいと頼んだ。その甲斐あって住人たちは医療費が安くなり、さらに喜んだ。
「あの時のアンタレスはすごかったなあ。患者を治すだけじゃだめだと気付いて改革をしてくれたんだ」
「……あのさ」
フォマルハウトの頭に疑念がわく。
「それ、アンタレスが開業してからいつのことだ?」
「え? ああ、ひと月はたっていなかったような……」
フォマルハウトは「おかしい」と首をひねる。いくら腕がいい気鋭の医者だからといって、役場に掛け合ってそんな短期間に医療費負担を減らすなんてできるだろうか? しかも、蟹の目町の役人は愚鈍で事なかれ主義の者ばかりのはずだ。以前、取材したことがあり、段取りの悪さや仕事への熱意のなさは感じていた。
「まあいいや、続けてくれ」
その後、アンタレスの医者としての腕は評判になった。人格も優れ、少しでも世の中を良くしていこうという理想を語る姿が、共感する者を増やしていった。そのため、病院の待合室には若者が集まるようになる。漁師、船乗り、風来坊、ごろつき……と立場はさまざまだが、このくさった時代を何とか変えようと思い、熱く語り始めた。
普通の医者は「患者の邪魔になるから出て行ってくれ」と言うだろうが、アンタレスは何も咎めず、それどころか休憩時間などには一緒に語るようになった。
貧しい者が病院にかかれない、西の村では貧困が進んでいて子供の死亡率も高い、都では役人の一部だけが裕福で、民の暮らしは見向きもされない、などなど……。
その頃ちょうど妖星疫が蔓延し始めたので、町の住人たちはさらにアンタレスを頼るようになる。星の大地じゅうに蔓延し、蟹の目町にも広がってきていた時だ。蟹の目町は最初に罹患者が出た中つ都に近いので、広がるのも早かった。未知の病気に打ち克つためにはどうすればいいのか、どうやって予防すればいいのか……すると、アンタレスは予想外のことを言った。
「これを飲めばいい」
それは小瓶に入った赤い液体であった。曰く「体に妖星疫の情報を覚えさせて体の防御システムを強化し、撃退する薬」だという。現実世界でいうワクチンのようなものであろう。さらに、1つの鏡の玉を取り出した。
「この鏡の玉を反射させた太陽の光を当てて、薬は作るんだ」
住人はこぞってその薬を飲んだ。すると、確かに妖星疫に罹患する者は激減した。しかも、罹った者も軽症で済み、あっという間に回復したのだ。
「…アクラブ、その玉ってどのくらいの大きさだ?」
「このくらいかな」
アクラブは両手の親指と人差し指で丸を作る。彼の手は大きい方なので目測では分かりにくい。フォマルハウトは近づいてその直径を計った。さらに、帳面に書き残していた北辰の祠の台座の大きさと比較してみる。
(ほぼ一緒だな……)
アクラブの円の直径から推測して、ちょうど台座に収まるだろう。フォマルハウトは次のように推測した。アンタレスは城を退職した後、北の町に行ってポラリスを盗んだ。その後、蟹の目町に来て病院を始めた。さらに妖星疫を治すという薬を開発し、住人の心を掌握した。
ただの鏡の玉であるポラリスでそんなことが可能なのが疑問である。もしかしたら、ポラリスは飾りで、もともと特効薬を独自に作ったのかもしれない。
1時間たった頃に出前が届いた。頼んでいた鬼鰹揚げの丼が2人前届いたのである。
「すまねえな、こんなもん馳走になっちまって」
アクラブは笑いながら丼をほおばる。いかついが笑顔は愛嬌があり、好感が持てる男なのだ。
「刑に服する場合はこれも食べられないけどな。今回は取材ということで特別だ」
フォマルハウトも食べながら応える。実をいうと、うまいものを食べさせて少しでも情報を引き出そうという魂胆もあった。
丼をたいらげ、一息ついたところで取材の続きが始まった。フォマルハウトにすれば、これから聞き出す内容こそが知りたいことだった。すなわち、シャウラと赤星党の接触および入党のいきさつである。フォマルハウトはシャウラが自分の妻であることは明かさず、「東の都から1人の女が入党したと聞いた。行方不明者として手配されている。心あたりはあるか?」とたずねた。
するとアクラブは「ああ、いたよ。シャウラって女だ」と、あっさりと答えた。さあ、ここからが本番だ。