Star Shurine Gardian ―星の大地にある秘宝の守護者―

誘惑

「お帰り、アルク」
 アルクトゥルスが岩屋の庵に戻ってくると、デネボラが出迎えてくれた。
「デネボラ、まだ起きていたのか」
「うん。起きて待っていようかなって」
 この会話だけ聞くと、まるで新婚夫婦のようだ。しかし、彼女の境遇を考えると複雑な気持ちである。かつて想いを寄せていたことを考えると尚のことだった。
「ごはんは食べてきたのよね? お風呂にする? それとも……」
 デネボラは自分のキャミソールの肩紐を外側にずらす。胸元が少しあらわになった。
「待って。僕らはそういう関係じゃないだろう?」
「もう、堅いんだから」
 ふふっ、と妖艶な笑みを浮かべる。デネボラは、学舎にいた時はもっと清楚で明るく、未来への希望に満ちあふれていた。それが今では、顔の美しさがそのままで暗い艶やかさをまとっている。まるで、男を奈落の底に引きずり込むような……。
 と、そんなことを考えている場合ではなかった。とりあえず風呂に入って、ポルックスに渡された地図を復習しておかないといけない。
 すると、デネボラが近寄り体を寄せてきた。胸の谷間に、アルクトゥルスの左腕を絡ませる。
「デネボラ…?」
「ちょっと…人肌恋しいの」
 レグルスのことを想っているのだろうか? アルクトゥルスは仕方なしにそのままの姿勢で右手を動かし始めた。ペンで地図の上の印をなぞり、敵の動きを頭に入れようとする。が……。
(集中できん)
 デネボラの胸の感触が気になり、頭が働かない。さらに彼女は頬をピトッと二の腕にくっつけてきた。左手はというと、いつの間にか彼女の太ももに挟まれている。その肢体の体温が温かくて気持ちいい。
(今日はどうしたんだ?)
 初日に寝ぼけて唇を重ねてしまい、裸の彼女が覆い被さってきたこともある。が、今日はまるで誘惑してくるかのように体をくっつけてくる。
「…ねえアルク、私、ずっとここにいてもいいかな?」
 まずい…理性が切れそうだ。アルクトゥルスの脳裏は4年前に戻っていた。想いを寄せていた少女が、今隣にいる。あの時の恋心が再びくすぶり始めた。
 ふと顔をデネボラに向けると、彼女と目が合った。表情は妖艶だが目が透き通るように澄んでいて美しい。気付いたら、どちらからということもなく唇を重ねていた。
「ん……」
 デネボラはアルクトゥルスの右手を自分の左胸に持ってきた。なぜかキャミソールの肩紐が降りて、上半身があらわになっている。そこから2人は時間が経つのを忘れて抱き合った。

「……」
 アルクトゥルスは目を覚ました。時刻は午前4時頃だろう。隣で裸のデネボラが寝息を立てている。自分はというと…やはり裸である。月明かりが彼女の肢体を艶やかに照らしていた。
(なんてことだ……)
 欲望に逆らえず、デネボラと肉体関係を結んでしまった。彼女はまだ結婚していなかったからまだマシではあるが、既婚者だったら大変なことになっていたところだ。
 ふと、カタカタっという音が鳴った。部屋の隅――魔剣・コラプサーが置いてある辺りからである。月明かりに照らされた魔剣は、一層怪しさを醸し出していた。
 師のカノープスは、コラプサーは欲望の強い者を持ち主として選ぶと言っていた。デネボラはレグルスの目を覚まさせるために奪ってきたと言ったが、もしかしたら彼女はコラプサーに選ばれてしまったのではないか? という考えが脳裏をよぎった。
(いやいや、学舎でアイドルのような存在だった彼女が……)
 と頭をふったものの、今のデネボラはかつてのデネボラではない。まるで色魔にとりつかれているようだ。精神を病んだことが、何か関係があるのだろうか?
 そのようにつらつらと考えながら、アルクトゥルスは再び眠りに落ちた。

 3時間後。2人はほぼ同時に目を覚ました。
「おはよ、アルク」
 ベッドから起きたデネボラはご機嫌だった。アルクトゥルスは二度寝したものの、あまり寝付けなかった。デネボラが朝ごはんの支度をしてくれたので、2人で食べ始める。
「アルク、昨日はごめんね」
「え?」
 デネボラがしゅんとしながら謝ってきた。
「誘惑しちゃったよね。あんなことされたら男の人はがまんできないよね。カノープスさんに怒られちゃう?」
 顔を真っ赤にし、今にも泣きそうだ。
「だ、大丈夫だよ。師匠は『もう子供じゃないんだから、自分で考えろ』って言うだけさ。こういうことには寛大だから」
 別におとがめはないということで、デネボラは安心した顔をする。
「…むしろ、食べ物を落としたり残したりした時の方が……」
 そこまで言ってアルクトゥルスは口をつぐむ。その時のカノープスの怒りは鬼そのものなのだ。
「朝早く失礼します!」
 庵の外から声が聞こえた。
「こちらはアルクトゥルスさんのお宅でしょうか! 私は警備兵のワサト! カストル小隊長の命により、貴殿に伝言を持って参りました!」
 アルクトゥルスは外に出て詳細を聞いた。その伝言によると――レグルスの盗賊団を迎撃する準備が、暗礁に乗り上げているとのことだった。
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