Star Shurine Gardian ―星の大地にある秘宝の守護者―

作戦の要

「そんなことがあったのか。詳しく聞かせてくれ」
「まずは今の状況をおさらいするぜ」
 カストルは、北の町の地図をテーブルに広げ、ある一点を指さす。
「ここが北辰の祠だ。これまでは南の数カ所に布陣する賊と、せいぜい小競り合いをする戦い方だった」
 しかし、敵は西の村から増援を呼んだと思われる。北の町の各地に兵を分散させ、今や数十カ所に布陣していた。
「明日あたり、ヤツらは時刻を合わせて一斉に北辰の祠に攻め上がってくるだろう」
「なぜ分かる?」
「兵糧がないからさ」
 兵法では、実際の戦闘以外にも補給を重要視する。「腹が減っては戦はできる」というくらいだ。しかし、盗賊たちには多くの兵糧を持っている形跡がない。つまり、陣をしいたら短期決戦で攻撃を仕掛けてくる可能性が高い。
 カストルは、敵を模した駒を山頂に向けて動かす。さらに、持っていた手ぬぐいを地図に載せ、敵の総攻撃を表現した。
「そこでまず、北辰の祠を扇の中心にするように防衛隊30人が陣をはるんだ」
 今度は筆で弧を描くように祠の周りをなぞる。
「しかし、30人が200人の波状攻撃を受けることになるな。どうやって防ぎきるんだ?」
 と、アルクトゥルスが尋ねると
「防がねえよ」と予想外の答えだ。
「数に数でぶつかれば少ない方が負ける。当たり前のことだ」
「じゃあ、どうするんだ?」
 カストルは手ぬぐいをアルクトゥルスに持たせた。さらに、持っていたナイフで、手ぬぐいを突く。
「兵が多ければ軍は一気に攻め込んでくるだろう。そうなると小さなほころびは見えにくい。そこを突くんだ」
 空いた穴を広げ、手ぬぐいを破り裂いた。
「俺たちは兵が少ないが、守りを優先させるんじゃなく、少なさを利用して攻めるんだ」
 次に、カストルは地図の西側を指した。
「ここに細い獣道があるのを知っているよな?」
「そこは確か……」
「ああ、初代紫微垣・アルコルがポラリスを奉納しようとして使った道だ」
 ここは、地元の人間でも知る者はごくわずか…それこそ、紫微垣の関係者と三羽ガラスくらいだろう。学舎にいた頃、デネボラにアルコルの日記を見せたことはあるが、その日記にはこの獣道は載っていなかった。
「総攻撃が始まる前に、アルクはこの道の茂みに隠れていろ。そしてヤツらが進軍を開始したら、お前は南下して敵軍をやり過ごし、その背後に回り込む。そして…」
 と、カストルは指で一点を指した。そこは武曲の祠がある辺りである。
「レグルスを仕留めろ。あの人はここに居座って全軍を鼓舞するはずだ。大将ってのは、軍中央の最後尾にいるのが定石だからな。仕留めた後はレグルスの死体か首をガキどもに見せてやれ。そうすれば、頭をなくしたヤツらの指揮は一気に乱れ、戦意もなくせる」
 その後はカストルたち防衛軍も前に攻め出る。こうして挟撃するのだ。
「……よく思いついたな、カストル。たいしたもんだ」
「こうやって4年間、この町を守ってきたんだよ」
 カストルはにやっと笑った。
「だが、本当にできるのか?」
 突然、別の声がした。ポルックスであった。庵の戸口の壁に背を預けている。
「いつからいた?」とカストル。
「お前が手ぬぐいを切り裂いた辺りからさ」
 ポルックスは、手に持っていた剣を鞘のまま、カストルの首に突きつけた。
「この作戦のポイントはレグルスを殺害することにある。我々は、かつての恩師を手にかけることになるんだぞ。アルクトゥルス、できるのか?」
 ポルックスはにらむようにアルクトゥルスを見る。基本的に、アルクトゥルスは温厚で優しい。紫微垣としての任務でも、殺生は極力控えているし、これまで人を殺害したこともないのだ。
「紫微垣は無益な殺生はしない」
 アルクトゥルスはポツリと言った。ポルックスが「やはり無理か…」という表情をする。しかし、アルクトゥルスは断言した。
「だが、裏を返せば有益な殺生はすることもある。盗賊団をとめるためには、レグルスを仕留めなければならない」
「アルク…」
 カストルがつぶやく。付き合いが長い親友に、人殺しをさせなければならない。そんな罪悪感がもたげてくる。
「紫微垣になった時から、自分が戦死する覚悟も、誰かを殺す覚悟もできている。やるしかない」
 カストルもポルックスも心の中で「すまない」とつぶやく。獣道から敵軍の背後に回る戦力は少数精鋭もしくは単騎でなければならない。兵が多いと敵に勘づかれ小競り合いが起き、結局少人数の自分たちが圧倒される。そしてカストルもポラリスを守る布陣を担当しているし、単騎でレグルスを倒せる自信がないのだ。
 恩師の殺害という最も過酷な役目を、親友に託さなければならない。
「……2人とも、あの日の誓いを覚えているか?」
 アルクトゥルスが言った。まだ声変わりをしていない少年盗賊たちを退けたが、彼らは服毒自殺した。誰も助けることができなかった悔しさは、4年たった今でも忘れない。
「同じような悲劇は繰り返さない。今こそ、あの誓いを実現させる時だ」
「…そうだな」とポルックスが言った。
「今度こそ、ガキどもの目を覚まさせてやろうぜ!」とカストルが手を叩いた。3人は、あの日と同じように手を組み、必ずレグルスを倒すと誓い合った。
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