Star Shurine Gardian ―星の大地にある秘宝の守護者―
こぐまプロジェクト
「ほう、いい名前だな。むしろカストルが付け直す方が危ないな」
ポルックスは、カストルがキラキラネームのような名前を付けるのではないかと若干心配していたのだ。
「生後2カ月でさ、かわいいんだよ。夜泣きがたまにあるけど、それでもかわいい」
顔がほころぶカストル。これまで、この男のこんな顔は見たことがなかった。子供の力は偉大である。
「そうだ、アルク。もし紫微垣の候補者がいなかったらシリウスを推薦しておくぜ」
「は?」
「まだ見つかっていないんだろ?」
確かに、次の紫微垣の候補者は探している最中である。が、今赤ん坊の男の子が10代半ばになるころには、自分たちは65歳だ。アルクトゥルスは、せめてあと10年のうちには次代に継承したいと思っているのだが……。
「アルクトゥルス、候補に入れていてもいいんじゃないか? カストルに育てられるのであれば、身体能力は良さそうだ」
「…まあそうだな、考えておくよ」
「ところで……」
「まだ何かあるのか?」
汁物を飲み干したカストルが仰々しい雰囲気で口を開くと、ポルックスが突っ込む。ちなみに三羽ガラスは毎年、日替わり定食を頼むのだが、決まってカノープスが料理をしてくれる。さすが若い頃に調理係をしていただけあって、その味は絶品だ。添えられた紙に書かれた「床にぶちまけたら半殺し」や「残したら逆さ吊し」などの言葉がなければなお良いのだが……。
「俺、いいこと思いついたんだぜ」
にこにこしながら言うカストルをポルックスが白い目でにらむ。どうせろくでもないことだろうと言わんばかりだ。
「15の夏やレグルスの一団で分かったんだけどよ、ポラリスを狙うのってガキが多くねえか?」
そう言われるとそうだな――アルクトゥルスは妙に納得した。師のカノープスも、10代の子供たちが狙うことが度々あったと、何かの時に言っていた気がする。紫微垣の記録にも、若年層の盗賊がよく登場したという記述がある。
「貧しい家庭や愛情不足の家庭で育ったら、まるでポラリスにすがるように狙っているんじゃないかってな」
「理論が飛躍しているぞ」
ポルックスが口を挟む。
「愛情が少ない家庭は子供の自己肯定感を低くする。すると、自分の力で生きる自信を無くして一攫千金のポラリス強奪にすがりたくなる。そんなところだろう」
「そう、まさにそれを言いたかったんだ! そこでだ!」
カストルはポケットから紙を取り出してテーブルに広げた。そこにはかわいいこぐまのイラストが描かれている。
「何だ、これ?」
アルクトゥルスが素っ頓狂な声を出す。
「俺、考えたんだよ。ポラリスを盗むヤツを退けるだけじゃなくて、盗もうとするヤツが育たないようにすればいいんじゃないかって」
家庭の愛に恵まれない子供たちに、温かい食事や十分な教育援助、一緒に遊ぶサービスなどを施せば、盗賊になろうとする者がいなくなる――そんな仮説を立てて計画を練ったという。
「名付けて、こぐまプロジェクトだ!」
「は?」
ポルックスとアルクトゥルスの目が点になる。なぜ、こぐま?
「熊は夫婦で子育てするだろう? それに、家族単位だけでなく集団でお互いに助け合って子育てもする。その習性に倣った子育てを人間社会もするのさ」
するとポルックスが、冷めたような、呆れたような口調で言った。
「…カストル、熊は夫婦で子育てはしない。母熊だけだ」
「え?」
「そもそも父親の熊は、生まれた小熊を殺そうとすることがあるくらいだぞ」
「…そうなのか?」
アルクトゥルスも口角をひきつらせて追い打ちをかける。
「…あと、群れで子育てする動物ではないはず」
「そんなバカな! この本に熊は集団で子育てするって描いていたぞ!」
カストルはかばんから本を取り出した。その本は――絵本『こぐまのくまろう』だった。初版はカノープスが現役だった時代で、作者はアヴィオールという絵本作家だ。ページを開くと、くまろうという熊の男の子とその両親、友達家族の仲むつまじい様子が描かれている。
「アホかお前は! それは絵本の世界のことだ!!」
50にもなって擬人化された絵本の物語を真に受けるバカがどこにいるんだ!? とポルックスは叫んだ後、「…ああ、ここにいたか、そのバカが」と頭を抱えた。
「ま、こぐまはかわいいし、このネーミングのままでいくか」
「お前のそういうところ、ホントうらやましいよ」
ケラケラ笑うカストルを、ポルックスは呆れて眺めた。アルクトゥルスはカストルの紙を見つめる。警備兵の仕事にはあまり生かせないだろうが、なぜか絵が上手くて字も達筆なのだ。なぜ神はこの男に、本職とは無縁な才能を授けたのだろうと苦笑いした。
食事の後しばらく歓談し、3人は「じゃあ、また来年な」と言って別れた。
しかし、この日を最後に三羽ガラスは数年間、顔を見合わせることができなくなった。ポルックスは町長となったために数倍の業務が舞い込み、ほとんどプライベートの時間がさけなくなったのだ。
カストルはあの墓参りの1カ月後、東の都への異動が決まった。武術はもちろん戦術家としての実績を買われ、都の一大隊の隊長に抜擢された。妻と養子も一緒に引っ越した。
アルクトゥルスは紫微垣としてポラリスを守り続ける一方、後継者探しに奔走した。役所に掛け合ったり、学舎に聞いたりとあらゆる手を尽くして候補者を募った。が、苛烈な訓練の初期で挫折する者が後を絶たなかった。先代たちも相当苦労したという後継者探しだが、想像を絶する厳しさだったのだ。
年に1回の墓参りもできなくなった。その次の年も、さらにその次の年もできず、4年目を迎えようとしていた時――また自然災害が起きた。
ポルックスは、カストルがキラキラネームのような名前を付けるのではないかと若干心配していたのだ。
「生後2カ月でさ、かわいいんだよ。夜泣きがたまにあるけど、それでもかわいい」
顔がほころぶカストル。これまで、この男のこんな顔は見たことがなかった。子供の力は偉大である。
「そうだ、アルク。もし紫微垣の候補者がいなかったらシリウスを推薦しておくぜ」
「は?」
「まだ見つかっていないんだろ?」
確かに、次の紫微垣の候補者は探している最中である。が、今赤ん坊の男の子が10代半ばになるころには、自分たちは65歳だ。アルクトゥルスは、せめてあと10年のうちには次代に継承したいと思っているのだが……。
「アルクトゥルス、候補に入れていてもいいんじゃないか? カストルに育てられるのであれば、身体能力は良さそうだ」
「…まあそうだな、考えておくよ」
「ところで……」
「まだ何かあるのか?」
汁物を飲み干したカストルが仰々しい雰囲気で口を開くと、ポルックスが突っ込む。ちなみに三羽ガラスは毎年、日替わり定食を頼むのだが、決まってカノープスが料理をしてくれる。さすが若い頃に調理係をしていただけあって、その味は絶品だ。添えられた紙に書かれた「床にぶちまけたら半殺し」や「残したら逆さ吊し」などの言葉がなければなお良いのだが……。
「俺、いいこと思いついたんだぜ」
にこにこしながら言うカストルをポルックスが白い目でにらむ。どうせろくでもないことだろうと言わんばかりだ。
「15の夏やレグルスの一団で分かったんだけどよ、ポラリスを狙うのってガキが多くねえか?」
そう言われるとそうだな――アルクトゥルスは妙に納得した。師のカノープスも、10代の子供たちが狙うことが度々あったと、何かの時に言っていた気がする。紫微垣の記録にも、若年層の盗賊がよく登場したという記述がある。
「貧しい家庭や愛情不足の家庭で育ったら、まるでポラリスにすがるように狙っているんじゃないかってな」
「理論が飛躍しているぞ」
ポルックスが口を挟む。
「愛情が少ない家庭は子供の自己肯定感を低くする。すると、自分の力で生きる自信を無くして一攫千金のポラリス強奪にすがりたくなる。そんなところだろう」
「そう、まさにそれを言いたかったんだ! そこでだ!」
カストルはポケットから紙を取り出してテーブルに広げた。そこにはかわいいこぐまのイラストが描かれている。
「何だ、これ?」
アルクトゥルスが素っ頓狂な声を出す。
「俺、考えたんだよ。ポラリスを盗むヤツを退けるだけじゃなくて、盗もうとするヤツが育たないようにすればいいんじゃないかって」
家庭の愛に恵まれない子供たちに、温かい食事や十分な教育援助、一緒に遊ぶサービスなどを施せば、盗賊になろうとする者がいなくなる――そんな仮説を立てて計画を練ったという。
「名付けて、こぐまプロジェクトだ!」
「は?」
ポルックスとアルクトゥルスの目が点になる。なぜ、こぐま?
「熊は夫婦で子育てするだろう? それに、家族単位だけでなく集団でお互いに助け合って子育てもする。その習性に倣った子育てを人間社会もするのさ」
するとポルックスが、冷めたような、呆れたような口調で言った。
「…カストル、熊は夫婦で子育てはしない。母熊だけだ」
「え?」
「そもそも父親の熊は、生まれた小熊を殺そうとすることがあるくらいだぞ」
「…そうなのか?」
アルクトゥルスも口角をひきつらせて追い打ちをかける。
「…あと、群れで子育てする動物ではないはず」
「そんなバカな! この本に熊は集団で子育てするって描いていたぞ!」
カストルはかばんから本を取り出した。その本は――絵本『こぐまのくまろう』だった。初版はカノープスが現役だった時代で、作者はアヴィオールという絵本作家だ。ページを開くと、くまろうという熊の男の子とその両親、友達家族の仲むつまじい様子が描かれている。
「アホかお前は! それは絵本の世界のことだ!!」
50にもなって擬人化された絵本の物語を真に受けるバカがどこにいるんだ!? とポルックスは叫んだ後、「…ああ、ここにいたか、そのバカが」と頭を抱えた。
「ま、こぐまはかわいいし、このネーミングのままでいくか」
「お前のそういうところ、ホントうらやましいよ」
ケラケラ笑うカストルを、ポルックスは呆れて眺めた。アルクトゥルスはカストルの紙を見つめる。警備兵の仕事にはあまり生かせないだろうが、なぜか絵が上手くて字も達筆なのだ。なぜ神はこの男に、本職とは無縁な才能を授けたのだろうと苦笑いした。
食事の後しばらく歓談し、3人は「じゃあ、また来年な」と言って別れた。
しかし、この日を最後に三羽ガラスは数年間、顔を見合わせることができなくなった。ポルックスは町長となったために数倍の業務が舞い込み、ほとんどプライベートの時間がさけなくなったのだ。
カストルはあの墓参りの1カ月後、東の都への異動が決まった。武術はもちろん戦術家としての実績を買われ、都の一大隊の隊長に抜擢された。妻と養子も一緒に引っ越した。
アルクトゥルスは紫微垣としてポラリスを守り続ける一方、後継者探しに奔走した。役所に掛け合ったり、学舎に聞いたりとあらゆる手を尽くして候補者を募った。が、苛烈な訓練の初期で挫折する者が後を絶たなかった。先代たちも相当苦労したという後継者探しだが、想像を絶する厳しさだったのだ。
年に1回の墓参りもできなくなった。その次の年も、さらにその次の年もできず、4年目を迎えようとしていた時――また自然災害が起きた。