元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
 ミレイユは屈辱の中、馬車でアズール家に帰還した。
 混乱から次第に落ち着きを取り戻すと、次第に苛立ちが膨らみ、憎しみが加速した。
 ミレイユは屋敷に着くなり、足早に廊下を進み、私室に閉じこもった。
 ――あいつら、絶対に許さないわっ、この私をコケにして……!
 ドレッサーの台を拳で叩き、怒りに震えるミレイユ。その鏡に映る自身の姿が、どれほど醜いか、彼女は知らなかった。
 アンジェリカとクラウス、憎き二人をどうしてくれようかと、ミレイユは親指を噛みしめながら、報復の手立てを思案する。
 しかし、その考えは、すぐに遮られる。
 ガチャッと音を立て、部屋のドアが開いたからだ。
 ミレイユがパッと振り向くと、そこにはこの屋敷の主が立っていた。

「なんですのっ、私は今忙しくて」
「そうかい、では手短に済ませよう」

 苛立ちを隠しきれず、早口で言うミレイユに、ヨシュアは静かに歩み寄る。
 そして、無情な宣告をする。

「ミレイユ……君との婚約を破棄させてもらう」

 アンジェリカたちのことでいっぱいだったミレイユの頭が、一瞬にして白くなった。
 ミレイユのエメラルドの瞳には、冷たい目で見下すヨシュアが映っている。

「は……? な、なに言って――」
「君は私の言うことをなに一つ聞かなかった。あんなに無駄遣いをするなと言ったのに、散財をやめず、横暴な態度を取り、使用人を何人も辞めさせた。君はアズール家に不利益しかもたらさない、よって君との結婚はなしだ」

 予想外の展開に、ミレイユは狼狽した。
 ヨシュアはミレイユよりかなり年上で、身分が低い。そんな相手が、まさか、婚約破棄を申し出るとは、考えもしなかったのだ。
 
「ま、待ってください、ヨシュア様、そんないきなり……どうかお考え直しを!」
「どうせ私の財を利用して、男漁りでもしていたのだろう、それに気づかぬほど愚かだと思ったか、小娘が」

 ミレイユはしおらしくヨシュアに縋るが、それは一瞬のことだった。
< 90 / 100 >

この作品をシェア

pagetop