元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
「まあ、直接クラウス殿と話したのは一度だけだがね、あのバトラー……フリードリッヒといったか、あれは妙に鼻が利く、この役に適した人間を上手い具合に見つけ、声をかけたのだから。しかし、こんな手の込んだ報復を受けようとは、ずいぶんと根深い恨みを買っていたようだな……一体なにをしたんだか」

 恨みの詳細を知らないヨシュアは、大して興味なさそうに鼻で笑った。
 ヨシュアがクラウスの差し金だと知ったミレイユは、頭に岩を落とされた気になった。
 ミレイユは可愛こぶった演技で、完璧にヨシュアを騙し、虜にしたつもりだった。
 しかし実際は、ミレイユの方が騙されていたのだ。
 信じ難い事実に、ミレイユは逆上し、怒りを爆発させる。

「な……なんて卑劣なの……、大の男が寄ってたかって、か弱いレディーを陥れるだなんて……! 今に見てなさいっ、必ずフランチェスカ家を再生して、こんなちっぽけな家、すぐに潰してやるんだから!」
「それは無理な話だな」

 興奮するミレイユに対し、ヨシュアは実に冷静に答えた。

「な、なんですって……?」
「フランチェスカの屋敷は抵当に入っていて、すでに差し押さえの状態だ、そろそろ君のところに、両親が泣きついてくる頃ではないかな? ここまで言えば、さすがに頭の悪い君でもわかるだろう……君たちに報復をする余地などないのだよ」

 ヨシュアは鼻の下に蓄えた髭を、人差し指と親指で摘んで撫でた。
 彼の台詞は、フランチェスカ家の完全な没落を意味していた。
 間もなく彼らは、社交界を追放され、伯爵の称号を奪われるだろう。
 つまり、貴族ではなくなるということだ。
 ヨシュアの言う通り、ミレイユはようやく理解した。
 今、自分がどれだけ窮地に追い込まれているのか。

「……そ、そん、な……」

 ミレイユはカクンと膝を折ると、ペタンと床に座り込んだ。
 今まで自分を支えてくれた家、頼りにしていた男の後ろ盾も失い、立っていることさえできなくなった。

「……私は、これから、どうすれば……」
「君はまだ若く、見目だけは愛らしい女だ、没落したとはいえ、伯爵令嬢というだけで高値がつくだろう、自らが作った負債は、自らで返すんだな」

 ミレイユの背を、冷たい汗が伝う。
 それは以前、ミレイユと両親が、アンジェリカに告げた方法だった。
 
「さあ、なにをグズグズしている、婚約者でなくなった以上、君の面倒を見る義理はない、今すぐ屋敷を出ていけ……ああ、もちろんうちの金で得たものはすべて置いていってもらうぞ、その首飾りや耳飾り、今着ているドレスもなぁ!」

 茫然自失するミレイユを、綺麗さっぱり見捨てるヨシュア。
 彼女の僅かに残っていたプライドは、跡形もなく消え去った。
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