蜜月と甘い嘘 〜忘れられた辣腕社長は記憶を無くした花嫁を離さない〜
 使いやすそうな真新しい設備が(しつら)えられたトイレと広々としたバスルームの後に案内されたのは、廊下の向かい側の木目調の扉だった。

「ここは寝室なんだ」

 ドアを開けると、深い森を感じさせる仄かな香りが身体を包み込む。
 ――抱きしめられた時と同じ、彼の香り。
 先程の出来事を思い出して、頬がカッと熱くなる。
 
(や、やだ。急に恥ずかしくなってきた)
 
 気を紛らわせようと、辺りをぐるりと見渡してみる。落ち着いたモノトーンで整えられた壁紙と趣味の良いサイドボードにドレッサー。……そして広い部屋の中でも一際目を引いたのは、ふかふかとした大きな枕が設えられたキングサイズの広々としたベッドだった。
 ドクンと心臓が大きな音を立てる。
 ここに……彼と、私がいつも寝ていた……?
 一緒に横たわり、抱き締めあって、そして時には素肌を重ね合ったりして――?
 ベッドの上で絡み合う扇情的なシーンが脳裏に浮かび、慌てて頭を大きく振る。

「どうしたの?大丈夫?」
「えっと、あの、私はどこに寝ればいいのかなって……」

 咄嗟に溢れた言葉の意味に気がついて、ハッと口に手を当てる。
 これではまるで何かを意識してしまっているようではないか。

「えっとえっと、今のは私はリビングのソファで寝てもいいって意味で……」
 
 この話題を口にすればするほど、墓穴を掘っているような気がしてくる。恥ずかしさに身を縮こませていると、「ああ、そうか……」と何かに気がついたように彼が目を伏せた。 
  
「隣にゲストルームがあるから、そこを暫く久美の部屋にしようか?」
「え……?ゲストルームがあるんですか?」

 想像していなかった提案に、思わず間抜けな声が出てしまう。
 
「うん、まあね。使うあてが今のところないから、取りあえず来客用のベッドだけ置いてある程度の部屋なんだけれど」
「そう……なんですか」
「――それとも、ここに一緒に寝てみるかい?」
「えっ?!」

 思わぬ言葉に胸が跳ねる。慌てて声の方を振り向くと、物言いたげに煌めく瞳がこちらをじっと見つめている。

「――なんてね。そんな顔しないで。冗談だよ」

 ふわりと微笑む彼が、ポンと優しく肩を叩く。

「さて、では次はゲストルーム――久美の部屋に行ってみようか」

 くるりと私に背を向けると、彼は先にドアの向こうへと消えていくのだった。

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