蜜月と甘い嘘 〜忘れられた辣腕社長は記憶を無くした花嫁を離さない〜
◇◇◇
「――で、こっちは僕の書斎だけれど、実はここ、女人禁制なんだ」
そんな話があったのは、簡易的とはいえ充分な広さのあるベッドが置かれたゲストルームと、その隣のウォーキングクローゼットを案内された後の事だった。
「女人って……」
わざとらしい程の堅苦しい言い回しに目を丸くしていると、茶目っ気たっぷりに瞳を光らせた彼の唇が耳に近づいてきた。
「……っていうのは言い訳で、実は散らかっていて恥ずかしいから中に入らないで欲しいって話なんだけど……いいかな?」
「ええ。わかりました。けど、なんだか意外ですね」
「そう?」
「どこも片付いているから、綺麗好きなのかと思いました」
「そんなことないよ。実は整理整頓は得意じゃないんだ」
意外な一面を垣間見た気がしていると、「さてと」と、仕切り直しとばかりに腕組みをした彼が私の顔を覗き込む。
「一応これで部屋の説明は終わったけど……。これからどうしようか?夕飯とお風呂、どっちを先にする?」
「じゃあ、できればお風呂を頂いてもいいですか?」
結局入浴することもなく退院の日を迎えてしまったので、身体を洗ってサッパリしたい。遠慮がちに希望を伝えてみる。
「わかった。一人で入れるかい?手伝おうか?」
「えっ?!いえ、シャワーを浴びる程度なんで、そこまでして頂かなくても大丈夫です!」
流石にそこまでの心の準備はできていない。慌てて介助を断ると、先程教えてもらったばかりのクローゼットから着替えを取り出した。
洗面所のドアを閉めて脱衣籠に着替えを入れると、ほぅと一つため息をつく。
(こんな豪華な部屋に住んでいたなんて信じられない)
広々とした洗面台も、一人暮らしはおろか実家にいた頃ですらお目にかかったことが無いものだ。そっと自身の姿を映し出す大きな鏡を覗き込む。
肩にかかるストレートの栗色の髪も体型も、何もかも事故の前と変わっていない。けれど――。
(酷い姿……)
右の額には大きな絆創膏が貼られ、こぶも出来ている。包帯を解いた両腕両足は擦り傷だらけ。内出血で薄っすら腫れて、肌も不気味な色に変色してしまっている有り様だ。
(誰も巻き込まなかったのだけは良かったけれど……)
どうやら事故は大きなものではなかったらしい。
病院に運ばれたのは私、ただ一人だけ。通勤ラッシュの時間帯からするとあちこちに打撲の痛みはあるものの、この程度の怪我で済んだのはきっと不幸中の幸いなのだろう。
なんでこんな事になったのか。
これからどうしていけばよいのか。
不安な事は沢山あるが、考えたところで状況がすぐに変わるわけでもないだろう。
目を閉じて頭をゆっくり横に振ると、鏡から視線を静かに離す。そして私はもう一度ため息をつくと、浴室の扉を開くのだった。
「――で、こっちは僕の書斎だけれど、実はここ、女人禁制なんだ」
そんな話があったのは、簡易的とはいえ充分な広さのあるベッドが置かれたゲストルームと、その隣のウォーキングクローゼットを案内された後の事だった。
「女人って……」
わざとらしい程の堅苦しい言い回しに目を丸くしていると、茶目っ気たっぷりに瞳を光らせた彼の唇が耳に近づいてきた。
「……っていうのは言い訳で、実は散らかっていて恥ずかしいから中に入らないで欲しいって話なんだけど……いいかな?」
「ええ。わかりました。けど、なんだか意外ですね」
「そう?」
「どこも片付いているから、綺麗好きなのかと思いました」
「そんなことないよ。実は整理整頓は得意じゃないんだ」
意外な一面を垣間見た気がしていると、「さてと」と、仕切り直しとばかりに腕組みをした彼が私の顔を覗き込む。
「一応これで部屋の説明は終わったけど……。これからどうしようか?夕飯とお風呂、どっちを先にする?」
「じゃあ、できればお風呂を頂いてもいいですか?」
結局入浴することもなく退院の日を迎えてしまったので、身体を洗ってサッパリしたい。遠慮がちに希望を伝えてみる。
「わかった。一人で入れるかい?手伝おうか?」
「えっ?!いえ、シャワーを浴びる程度なんで、そこまでして頂かなくても大丈夫です!」
流石にそこまでの心の準備はできていない。慌てて介助を断ると、先程教えてもらったばかりのクローゼットから着替えを取り出した。
洗面所のドアを閉めて脱衣籠に着替えを入れると、ほぅと一つため息をつく。
(こんな豪華な部屋に住んでいたなんて信じられない)
広々とした洗面台も、一人暮らしはおろか実家にいた頃ですらお目にかかったことが無いものだ。そっと自身の姿を映し出す大きな鏡を覗き込む。
肩にかかるストレートの栗色の髪も体型も、何もかも事故の前と変わっていない。けれど――。
(酷い姿……)
右の額には大きな絆創膏が貼られ、こぶも出来ている。包帯を解いた両腕両足は擦り傷だらけ。内出血で薄っすら腫れて、肌も不気味な色に変色してしまっている有り様だ。
(誰も巻き込まなかったのだけは良かったけれど……)
どうやら事故は大きなものではなかったらしい。
病院に運ばれたのは私、ただ一人だけ。通勤ラッシュの時間帯からするとあちこちに打撲の痛みはあるものの、この程度の怪我で済んだのはきっと不幸中の幸いなのだろう。
なんでこんな事になったのか。
これからどうしていけばよいのか。
不安な事は沢山あるが、考えたところで状況がすぐに変わるわけでもないだろう。
目を閉じて頭をゆっくり横に振ると、鏡から視線を静かに離す。そして私はもう一度ため息をつくと、浴室の扉を開くのだった。