蜜月と甘い嘘 〜忘れられた辣腕社長は記憶を無くした花嫁を離さない〜
「やっぱり伝説のビッグスマイル画伯は敵わないなあ〜」
「どういう事?」
ビッグスマイルキャンペーンは、私が店長時代にこの店で提案した売上促進企画の一つである。『忙しい時間を過ごすあなたに、一瞬の微笑みを』がテーマのこの企画は、容器にスタッフがひと言メッセージを添えたイラストを描いて手渡すものだった。
「あれ、知りません?新みらい店にご利益がある伝説のビッグスマイル画伯がいるって噂」
ゴソゴソとエプロンからスマホを取り出した瞳ちゃんはスルスルと指を動かし「ほらこれ」と、画面を私の目の前に付き出した。
「えー?なに?」
仕事中のスマホ操作は本来は禁止されている行為だけれど、好奇心には打ち勝てない。思わず覗き込んだ画面の書かれていた文字に、私は目を丸くしてしまった。
『ビックスマイル画伯のお陰で就職内定取れました!ありがとうビックスマイル画伯!』
『ビッグスマイル画伯のご利益凄い!ダメ元で告白したら彼と付き合えるようになりました!勇気をありがとう!』
SNSのハッシュタグ検索に引っかかった投稿には、私のイラストと共に感謝の言葉の数々が書かれていた。
「皆キャンペーン以降も続けてはいるんですけど、久美さんのイラストは別格みたいで。久美さんが本社に移動されてから、ビックスマイル画伯はいないのか?って問い合わせが結構あったりするんですよ。いつだったかは、全身ブランドで固めたラグジュアリーなお姉様とかも来たりしてましたし」
「そうなんだ……」
「最近では、違う店舗でビックスマイル画伯のイラストに出会えた!って投稿もあったりするんですけど、心当たりはありますか?」
「あ、それはたまに他店の応援に行ったりするから……その時のかな?」
「あー。だからかあ。そういうものあるせいか最近では『神出鬼没、幻のビックスマイル画伯』なーんて言われてるみたいですよ」
「幻って……なんだか肩書がどんどん大袈裟になってきてるね」
その時々に思いつきで描いたイラストとメッセージに、ご利益などあるわけ無いだろうとは思う。けれどどこかの誰かに元気が出るお手伝いが出来たのならばそれはそれでとても嬉しい。
「久美さんこっちにまた戻ってくれませんか?お客様は勿論、スタッフみんな久美さんが居なくなって淋しいんですよ」
「でも今は店長の三宅君が頑張ってお店を盛り上げてるでしょ?」
「それは久美さんが繁盛させた店を維持しなきゃって必死なだけですよー」
会話に突如参加してきた明るい声に振り向くと、休憩から戻った三宅君が、謙遜するように手をブンブンと横に振っていた。