蜜月と甘い嘘 〜忘れられた辣腕社長は記憶を無くした花嫁を離さない〜

甘い空気は嵐の前触れ

 大手企業のビルが立ち並ぶオフィス街、新みらいタウンに出店するコーヒースタンド「タカラジマ珈琲新みらい店」は、社内でも有数の繁盛店の一つである。 店内はランチ時は勿論、朝の出社前や帰宅途中に立ち寄るビジネスマン達で常に大賑わいだ。

「カフェモカ、テイクアウトでーす」
 
 そんな客足がほんの一瞬だけ途絶えた午後3時過ぎ。レジからのコールを受けて、私は紙コップに手を伸ばした。
 歩道橋での事故から数週間たった今日。ヘルプコールを受けた私は店長時代を過ごしたこの店舗で、コーヒー作りに励んでいた。
 レジカウンターの向こう側に立っているのは、外回り帰りのキャリアウーマンといった風貌の女性。その表情から、どことなく疲れている様にも見てとれる。

「疲れた時って甘いものが沁みるよね」

 同じ働く社会人としては、大いに共感するところだ。カフェモカの欄にチェックを入れると、私はついでに空いたスペースにサラサラとイラストとメッセージを描き足した。

big smile for you (⁠θ⁠‿⁠θ⁠)ミ☆

 受け取り口で出来上がったカフェモカを手渡すと、女性はメッセージを見て少し驚いた顔をした後「ありがとう」と微笑んだ。そして嬉しそうにもう一度紙コップの側面を眺めると、颯爽とした足取りで自動ドアの向こう側へと消えていった。

「うちのコーヒーで、ちょっとでも癒やされてくれるといいな」
 
 お客様の笑顔を見るのはやっぱり嬉しい。彼女の後ろ姿を見送っていると、スタッフの瞳ちゃんが感心した様子で近づいてきた。
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