早河シリーズ最終幕【人形劇】
『俺だ。……何?』
不穏な響きの阿部の声を聞いた早河は後ろを振り返る。阿部が苦々しく舌打ちした。
『わかった。すぐに戻る。俺が行くまで警視庁の人間には手出しさせるなよ』
慌てた様子で通話を終わらせた阿部はコートを羽織りながら開口一番に早河に告げた。
『警視庁の留置場で林田が死んだ』
『林田が?』
今朝、矢野に瀕死の重症を負わせた警視庁警備部の林田刑事は警視庁に連行され取り調べを受けていた。
『警視庁に潜り込ませている部下からの情報では外傷はなく、おそらく毒殺……。原が死んだ時と同じ手口だろう』
『不出来な人間を始末したんですね。手を回したのは笹本警視総監でしょう』
『笹本に命令を下している首謀者が貴嶋だな。とにかく俺は警視庁に向かう。警視庁は笹本の天下、このままでは何をしでかすかわからない。……これはお前に預けておく』
阿部は古びたフロッピーディスクとフロッピーのデータを移行したUSBメモリを早河の前に置く。早河は無言で頷いてそれらを懐にしまった。
二人でここを出ることは避け、警視庁に向かう阿部とは時間差で早河もビジネスルームを後にした。
警視庁に到着した阿部は、待機していた部下の塩屋《しおや》刑事を引き連れて警視庁内の留置場を訪れた。
『状況はどうなっている?』
『林田の死体は一課の人間に運び出されてしまいましたが現場は保存してあります』
警察庁の介入を警視庁の人間は快く思っていない。警視庁にいるほぼすべての刑事が阿部や塩屋に疎ましげな視線を向けていた。
『上野警部と小山刑事は?』
警視庁では阿部に唯一協力的な上野恭一郎と小山真紀の姿が見えない。
『二人とも別件の殺人事件の捜査で出ています。今日の昼に起きた事件なんですが、どうやら捜査の担当が上野警部の班に割り当てられたようで』
『早河と繋がりのある上野警部と小山を警視庁から遠ざけ、二人のいない隙に林田を始末したのか』
通路を歩いていた阿部が急に立ち止まる。彼は腹部を押さえた。先日退院したばかりで体がまだ本調子ではない。よろめいた阿部を塩屋が支えた。
『大丈夫ですか? まだ傷が……』
『平気だ。行くぞ』
留置場には他の事件の被疑者も拘留されている。就寝時間を迎えた留置場は暗く、被疑者達の寝息が個室の扉越しに聞こえた。
塩屋が留置場の一番手前の檻を指差す。
『林田が入っていたのはここです。死体発見時刻は20時……看守が林田の部屋から聞こえた呻き声と異臭に気付いて鍵を開けると中で林田が倒れていたんです』
『お前は林田の死体は見たのか?』
『はい。警視庁の人間にここから押し出される前に。死体の近くに吐瀉物がありました。異臭はそこから発生したものです』
塩屋の持つ懐中時計が床を照らす。鑑識が採取した後だがわずかに吐瀉物の痕跡が見えた。
『吐瀉物の中身は留置場で出た未消化の夕飯でした。そこから推察すると毒は夕飯の弁当に混入された可能性が高いかと』
『反応が食後すぐではないのなら遅効性の毒だろうな』
死体もなく鑑識が入った後の現場に長居は無用だ。二人は早々に留置場を去った。
不穏な響きの阿部の声を聞いた早河は後ろを振り返る。阿部が苦々しく舌打ちした。
『わかった。すぐに戻る。俺が行くまで警視庁の人間には手出しさせるなよ』
慌てた様子で通話を終わらせた阿部はコートを羽織りながら開口一番に早河に告げた。
『警視庁の留置場で林田が死んだ』
『林田が?』
今朝、矢野に瀕死の重症を負わせた警視庁警備部の林田刑事は警視庁に連行され取り調べを受けていた。
『警視庁に潜り込ませている部下からの情報では外傷はなく、おそらく毒殺……。原が死んだ時と同じ手口だろう』
『不出来な人間を始末したんですね。手を回したのは笹本警視総監でしょう』
『笹本に命令を下している首謀者が貴嶋だな。とにかく俺は警視庁に向かう。警視庁は笹本の天下、このままでは何をしでかすかわからない。……これはお前に預けておく』
阿部は古びたフロッピーディスクとフロッピーのデータを移行したUSBメモリを早河の前に置く。早河は無言で頷いてそれらを懐にしまった。
二人でここを出ることは避け、警視庁に向かう阿部とは時間差で早河もビジネスルームを後にした。
警視庁に到着した阿部は、待機していた部下の塩屋《しおや》刑事を引き連れて警視庁内の留置場を訪れた。
『状況はどうなっている?』
『林田の死体は一課の人間に運び出されてしまいましたが現場は保存してあります』
警察庁の介入を警視庁の人間は快く思っていない。警視庁にいるほぼすべての刑事が阿部や塩屋に疎ましげな視線を向けていた。
『上野警部と小山刑事は?』
警視庁では阿部に唯一協力的な上野恭一郎と小山真紀の姿が見えない。
『二人とも別件の殺人事件の捜査で出ています。今日の昼に起きた事件なんですが、どうやら捜査の担当が上野警部の班に割り当てられたようで』
『早河と繋がりのある上野警部と小山を警視庁から遠ざけ、二人のいない隙に林田を始末したのか』
通路を歩いていた阿部が急に立ち止まる。彼は腹部を押さえた。先日退院したばかりで体がまだ本調子ではない。よろめいた阿部を塩屋が支えた。
『大丈夫ですか? まだ傷が……』
『平気だ。行くぞ』
留置場には他の事件の被疑者も拘留されている。就寝時間を迎えた留置場は暗く、被疑者達の寝息が個室の扉越しに聞こえた。
塩屋が留置場の一番手前の檻を指差す。
『林田が入っていたのはここです。死体発見時刻は20時……看守が林田の部屋から聞こえた呻き声と異臭に気付いて鍵を開けると中で林田が倒れていたんです』
『お前は林田の死体は見たのか?』
『はい。警視庁の人間にここから押し出される前に。死体の近くに吐瀉物がありました。異臭はそこから発生したものです』
塩屋の持つ懐中時計が床を照らす。鑑識が採取した後だがわずかに吐瀉物の痕跡が見えた。
『吐瀉物の中身は留置場で出た未消化の夕飯でした。そこから推察すると毒は夕飯の弁当に混入された可能性が高いかと』
『反応が食後すぐではないのなら遅効性の毒だろうな』
死体もなく鑑識が入った後の現場に長居は無用だ。二人は早々に留置場を去った。