早河シリーズ最終幕【人形劇】
 冬の木漏れ日が揺れている。どこまでも高く青い空を、木々に潜んでいた鳥の群れが羽ばたいていく様子が廊下の窓から見えた。

 矢野一輝は頭に包帯を巻いて車椅子に乗っている。彼の車椅子を小山真紀が押していた。
彼女は日の降り注ぐ渡り廊下の隅に矢野を乗せた車椅子を寄せて立ち止まる。

矢野の意識が戻ったと連絡が入ったのは午前3時頃。殺人事件の取り調べを終えて彼女が病院に駆け付けた時、矢野はいつも通りの飄々とした顔で真紀を出迎えた。

「一輝が石頭で良かったよね。普通の人なら命も危なかったって先生が言ってた」
『ね。丈夫に産んでくれた母さんに感謝しないと』
「そうだよ。今度、お父さんとお母さんのお墓参りに行った時にお礼言うんだよ」

 身を屈めて真紀は矢野と目線を合わせる。頭に巻いた包帯と林田に殴られた顔の傷が痛々しいが、本人は元気そうで安堵した。

『真紀との結婚報告の時にちゃんと父さんと母さんに礼言うよ』
「改めて結婚って言われると照れるね」

赤くなる頬を押さえて狼狽える真紀を見て矢野が面白がっている。

『照れてる真紀ちゃん、世界で一番かーわいいー』
「バカ! からかうなっ! 今さら真紀ちゃんって呼ぶなっ!」
『前は呼び捨てて呼ぶとあんなに怒ってたのにぃー。でも本当に本気で真紀が世界一可愛い』

 矢野が真紀の腕を引いて抱き締める。温かな触れ合いは生きている証。
真紀は彼が生きていることを何度も確かめるように、彼の胸元に頬を寄せた。ドクン、ドクンと聞こえる矢野の命の鼓動。

『世界一可愛い好きな女を残して死ねるかよ。まだ真紀に俺の子孫残してないし。退院したら子作りに励まなければ』
「アホ。変態!」

 矢野の胸元から顔を上げた真紀が彼の頬を軽くつねる。苦笑いする矢野の背後に彼の伯父の武田財務大臣と早河の姿が見えた。二人並んでこちらに歩いてくる。

『一輝、真紀さんとそれだけいちゃつけるなら今から仕事できるだろう?』
『幸いなことに両手は自由に動くからねー。点滴はちょっと邪魔だけど』

 意地悪くニヤリと微笑む伯父に向けて矢野は両手をグーパーして見せる。矢野の握りこぶしに早河が自分の拳をつけた。

『ゆっくり休めって言ってやりたいが、そうもいかない。悪いな』
『なんのこれしき。スーパーハードな展開にゾクゾクするね』

 早河の拳が開かれて握っていた紙切れを矢野に渡す。紙切れに目を通した矢野は悠長に口笛を吹いた。
紙切れにはある政治家の名前と、その政治家の個人用携帯電話のメールアドレスが記載されていた。

 武田は先に病院を去り、矢野と早河、真紀は病室に戻った。
病室のテレビでは日米首脳会談に関するニュースが流れている。早河はベッドの傍らの椅子に座ってテレビを眺めた。

来日中のアメリカの新大統領との初の日米首脳会談が今日、首相官邸で行われる。首脳会談の後は大統領を交えた食事会が予定されていた。

『思えば、2年前の門倉元総監と寺町法務大臣の殺害から事は始まっていたんだな』
『門倉の後釜は笹本に、寺町大臣の後は岩波大臣に、駒のすげ替えってわけだ』

 ベッドテーブルに載る愛用のノートパソコンのキーの上を矢野の指が忙しなく動く。パソコン画面には数字と文字の羅列が並び、矢野の手によって画面が次々と切り替わる。
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