早河シリーズ最終幕【人形劇】
 武田の計らいで矢野の病室は個室の特別室。広い部屋にはソファーがあり、真紀がそこで眠っていた。昨夜から別件の事件の捜査を行っていた彼女はほとんど寝ていない。

意識を取り戻した矢野の側に寝る暇も惜しんで駆け付けた真紀を、今は少しでも寝かしてやりたいと矢野と早河は思っていた。

『……なんだろうな』

 独り言を呟いた矢野は指の動きを止めて神妙に画面を見つめる。

『どうした?』
『今回のJSホールディングスのハッキングパターンが何か変な感じがして』

 9日に発生したJSホールディングス経営戦略部のデータがハッキングされた事件で、矢野はハッキングの解析を行っている。

『ハッキングの犯人はスパイダーでしょ? 俺はあいつがハッキングした後のデータ解析を何度もしています。いつもスパイダーは完璧だった。どこにも足跡や抜けを作らない、スパイダーの形跡はどこにもない。いつもそうだった』
『今回は違うのか?』
『んー……俺のところに回ってきたデータは科捜研が解析した後だからこその綻びはありますけど……』

再び指を動かして矢野が最後の処理のキーを押した。

『いくつかトラップもあったし、科捜研はこれ以上は先に行けないと判断したんだと思います。でもトラップを潜り抜ければその綻びから先に行けた。そして……奴に辿り着いた。JSホールディングスをハッキングしたPC発信地はここ』

 画面に東京都内の地図が表示され、都内のある場所に赤ピンのマークが出ている。その場所の名前を早河が読み上げた。

『赤坂ロイヤルホテル?』
『9日にスパイダーはこのホテルに居た。奴は今もここに居ます』

 二人は顔を見合わせる。早河は携帯を取り出し、ベッドを降りた矢野は点滴台を押してソファーまで歩いて、眠る真紀に声をかけた。

「真紀、起きろ。仕事だよ」

矢野に身体を揺さぶられた真紀は目を開けた。まだ眠気の余韻の残る目元をこすって彼女は身体を起こす。

『身体大丈夫?』
「うん。少し眠れたから……何かわかったの?」

早河が険しい顔で誰かと電話をしている。矢野は真紀にコートを渡した。

『スパイダーの居場所がわかったよ』

 瞬時に真紀の顔が刑事の顔つきに切り替わった。彼女は寝起きの頭を振ってコートを羽織る。早河もちょうど電話を終えた。

『小山。栗山さんと上野警部は別件ですぐには動けない。スパイダー確保はお前に一任すると阿部警視からの伝言だ』
「はい」

公安部の栗山も上野警部も今日は別の重要な仕事がある。現時点で自由に動ける警察関係者は真紀だけだ。

『気を付けろよ』
「わかってる。いってきます」

 真紀と早河は足早に病室を出ていった。病室に残った矢野は一息ついてベッドに戻り、意味深な表示を続けるパソコン画面を睨んだ。

画面上に表示された地図の四角い図形は赤坂ロイヤルホテルを表している。

『トラップをクリアすればここに辿り着く。わざとなのか、おびき寄せているのか……』


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