早河シリーズ最終幕【人形劇】
 赤坂ロイヤルホテルに到着した早河と真紀はロビーを横切ってエレベーターホールに向かった。スパイダーのパソコンの発信地はこのホテルの三十四階展望ラウンジ。

『他のカオスの人間もいるかもしれない。ここには一般客も多くいる。人質を取られたら終わりだ』
「逮捕の時は慎重に……」
『だが迅速に』
「香道先輩の口癖でしたよね」

三十四階でエレベーターを降りた二人はスーツを着た長身の男とすれ違った。

「どうしました?」
『今の男……』

 男はこちらを振り向かずに下りのエレベーターの中に消えた。すれ違い様に一瞬しか見えなかったが早河の知らない顔だった。

長身に眼鏡、年齢は三十代から四十代、サラリーマンにしてはスーツの仕立てがいい。企業の重役並みの身なりだ。

 瞬時に人を観察する癖は刑事時代から抜けない。あの男は宿泊客か、ラウンジで打ち合わせを終えたどこかの社長か、それにしては手荷物を所持していなかった。

もしも今、早河に警察の身分があったのなら追いかけて職務質問していたかもしれない。

『怪しい人間って言うのは、一見怪しくなさそうな人間のことでもある』
「気になるなら追いましょうか? まだホテルを出ていないでしょうし」
『今はスパイダー逮捕が先決だ。行こう』

 ラウンジの入り口にはコーヒーの香りが立ち込めている。
ウェイターにラウンジの責任者を呼んでもらうと、ウェイターの上位職であるキャプテンの役職の男が応対に出た。真紀の掲げる警察手帳を見たキャプテンは困惑げにラウンジを見渡した。

『パソコンをお使いのお客様は大勢いらっしゃいますが……』
「この場にいることは確かです。こちらでひとりひとり確認していきますので、念のためガードマンを待機させてください」

真紀はキャプテンに指示を出した後、先にラウンジを徘徊していた早河と合流する。

『コーヒー飲みながらみんなパソコン見てカタカタやってるぞ』

 早河やキャプテンの言う通り、ラウンジに集まるかなりの人間が席でノートパソコンを開いていた。
優雅にお喋りを楽しむ者達もいるが、カフェではなく高級ホテルのラウンジにも関わらず、誰もが無言でパソコンに向き合っている光景はある種の異様さがある。

 早河は携帯電話の画像データを表示した。画面にはスパイダーと思われる男の大学時代の写真が現れる。この男と同じ大学に通っていた女性から入手した写真だ。

『スパイダー、本名は山内慎也。今の年齢は29歳』
「この写真から9年は経っていますけど、整形でもしない限り大幅な顔の変化はないでしょうね。今は眼鏡をかけているかはわかりませんが……」

二人は女性と老人、パソコンを所有していない人間は省いて30歳前後のパソコンを開いている男を限定して捜した。
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