早河シリーズ最終幕【人形劇】
 珈琲専門店Edenは犯罪組織カオスのスコーピオン、田村克典が経営している店だ。田村の後ろにはもちろん貴嶋佑聖がいる。
つまりEdenは貴嶋の持ち物同然。働いているスタッフの中にはカオスのメンバーもいるはずだ。

上京して初めての東京のクリスマスを迎えることを楽しみにしている彼女もいつカオスに引き込まれるかわからない。もしかしたら無邪気な笑顔でなぎさに接している彼女はすでにカオスの……

(疑い出すとキリがない。本当ならこの子にはEdenのバイトを辞めて安全な場所で働いてほしい。……なんてこと言えないよね)

「マスターは今日はいる?」
「お休みです。最近お休みが多いんですよ。やっぱりマスターの淹れたコーヒーが飲みたいお客様が多いのでマスターがお休みの日は困っちゃいます」

彼女は眉を下げてエプロンの上から羽織ったカーディガンの腕をさすった。外で作業をするにはその服装では寒そうだ。

「そっか。マスターのコーヒーは飲めないけど少し居させてもらうね」
「はい。ごゆっくりどうぞー!」

 彼女が開けてくれた扉からなぎさは店内に入った。Edenには寄る予定ではなかったがマスターの田村がいないのなら予定変更だ。

二階のカフェに上がって窓際の席に落ち着いた。田村がスコーピオンだと判明してからはこの店に足を運ぶ頻度は減った。せいぜい、コーヒー豆を購入する程度だ。

マスターではない他の店員が淹れたカフェモカを飲んで、なぎさは物思いに耽る。

(マスターの休みが多い……カオスの仕事? 何かを企んでいる?)

 これからどうなっていくのだろう。この国も、自分も、早河も。
これから何が起きようとしているのか皆目わからない。カオスのことや早河との今後のこと、両親に早河との結婚を認めてもらえるのか……様々な不安が押し寄せる。

『香道さん?』

 不安で心を埋めていたなぎさは自分の名前を呼ばれてもすぐには気付けなかった。

『おーい。香道さーん』
「……えっ」

 二度目に名前を呼ばれてようやく顔を上げたなぎさを見て、隣の席の椅子に座る金子拓哉は苦笑いを浮かべていた。
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