早河シリーズ短編集【masquerade】
5月19日(Tue)午後4時

 前日から降り続いた雨が地面に水溜まりを作っている。憂鬱な曇り空の向こう側に太陽が透けて見えた。

『鶴岡』

 昇降口の靴箱の前で鶴岡慎太郎は寺田教諭に呼び止められた。上履きから靴に履き替えようとしていた鶴岡は色白の顔を傾けて返事をする。

『何ですか?』
『少しいいか? 進路指導のことで話があるんだ』
『……はい』

寺田は生徒指導部であって進路指導担当ではない。鶴岡は怪訝な顔をしたが、彼の理念では教師に背くことはあってはならない。
学校では優秀な生徒でいることが絶対的なのだから。

 鶴岡を連れて寺田は階段を上がる。二階、三階と上がるにつれて鶴岡の顔色が変わった。

『先生どこまで行くんですか? 進路指導室は三階ですよ』
『そう固いこと言うな。進路指導は教室でやらなければいけないキマリはない』

四階、五階と階段を上がって息が荒くなった鶴岡は階段の手すりに身体を預けた。柔道部の顧問でもある寺田教諭の方はまったく息が上がっていない。

行き止まりとなった最上階の踊り場に扉がある。屋上に繋がる扉だ。

『勉強には体力も必要だ。こらくらいでバテていたら長時間の試験に堪えられないぞー』
『屋上に何の用が……』
『いいから、ついて来なさい』

 寺田の後に渋々続いて鶴岡は屋上に出た。初夏の曇天の空は空気に水を含んでいて少々蒸し暑い。

『お前と話をしたい奴がいてな。おーい。連れてきたぞー』

寺田が大声を出して手を振る先には二人の男子生徒がいた。一方の生徒がこちらに近付いてくる。

『鶴岡くん、こんなところに呼び出してごめんね。2年4組の矢野です。あっちは友達の涼馬』

 警戒の眼差しを向ける鶴岡に矢野は極めて低姿勢かつ、にこやかに会釈した。

『僕に何の用ですか? あの、今日予備校があるんです。話があるなら早くしてください』

小さくか細い声、おどおどとした態度、鶴岡のすべてがわざとらしい作り物だと矢野は知っている。

『予備校って英明ゼミナールだよね。俺も同じ予備校だよ。実はトイレですれ違ってるんだけど覚えてない?』
『すみません。僕、人の顔を覚えるのは苦手で』
『じゃあこう言えば思い出すかな。1週間前の5月12日、田町駅近くのトンネルの前で俺と会ったよね。君は仲間と一緒にサラリーマンを暴行した。あの時、君達の邪魔をした高校生が俺。思い出した?』

鶴岡の色白の顔にサッと赤みが差す。鶴岡は矢野、高木、後方で扉を背にして仁王立ちする寺田教諭に視線を向けた。
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