早河シリーズ短編集【masquerade】
ハルナと別れて1ヶ月が過ぎた夏の盛り。大学は夏期休暇に入り、開店前で客のいないメルシーで矢野は酒を呷る。
煙草の吸殻が山積みになった灰皿や、空になったグラスやボトルがテーブルに散乱していた。
「いい加減にしなさい。未成年の子どもがお酒と煙草に溺れてみっともない」
矢野の手から酒のグラスを奪った白い華奢な手はこの店の主のサユリ。酔い潰れてソファーに横たわる矢野を横目に、サユリは矢野が飲み散らかしたグラスを片付け始めた。
『サユリはハルナの結婚知ってたんだろ?』
「当然でしょ。私はあの子の雇い主ですからね」
客であった37歳アパレル社長との結婚を決めたハルナは、先月末にメルシーのホステスを辞めた。今は結婚相手の豪邸に住んで秋にある専門学校の入試の勉強をしているらしい。
別れた日以降、ハルナとは連絡をとっていない。彼女のその後の様子はすべてハルナの同僚ホステスに聞いた話だ。
『いつから結婚のこと知ってた? 知ってたならなんで俺に言ってくれなかったんだ?』
「社長さんからハルナとの結婚の申し出を受けたのは5月の頃よ。私から一輝に話すことでもないから言わなかったの。ハルナと一輝の問題は私が口を出すことではないわ。ハルナが自分であなたに言うべきことですもの」
サユリが手早く片付けた使用済みのグラスをスタッフが運んでいく。綺麗に片付いたテーブルに新しいグラスと水差しが置かれた。
「ここがどういう場所かわきまえなさい。銀座なのよ。品位の下がる飲み方をするのなら、いくら一輝でも外に連れ出しますよ」
『ごめん……』
矢野はバツの悪い顔でこめかみを押さえて起き上がった。溜息をついたサユリが矢野の隣に座る。
彼女は紫色の着物に合わせた白色の帯の内側からフクサを取り出して、中を開いた。フクサからは錠剤が現れ、1錠を矢野の前に置く。
「頭痛薬。飲みなさい」
『ありがとう』
水差しの水をグラスに注いでサユリから貰った頭痛薬を流し込んだ。
「こんなこと一輝に言っても仕方ないけれどね、ハルナはお客様と深い仲になることは絶対になかったのよ。お客様とホステスが深い仲になれば、秘密にしていても私にはわかるものなの。ハルナは気立てがよくてお客様から好かれるいいホステスだった。でも深い仲になったお客様はひとりもいなかった。アフターもお食事だけ、そういう子だったの」
『だけどあいつは客と結婚したじゃん』
「それがあの子の生きる手段だったのよ。ハルナの夢は一輝ならわかるでしょう?」
サユリの温かい手で優しく頭を撫でられる。母親に甘えたい年頃はとうに過ぎたが、今はサユリの愛情に包まれていたかった。
「ハルナはあなたをお客様としてではなく、男として見ていたから、あなたと恋人になったの。ハルナは一輝に恋をした。これだけは真実よ。わかってあげて」
『そんなの……ずるいだろ。わかりたくねぇよ……。じゃあどうしてハルナは俺が大人になるのを待ってくれなかったんだよ』
目の奥が熱くなって目元を押さえる。堪えきれずに流した涙をサユリの細い指が拭った。
煙草の吸殻が山積みになった灰皿や、空になったグラスやボトルがテーブルに散乱していた。
「いい加減にしなさい。未成年の子どもがお酒と煙草に溺れてみっともない」
矢野の手から酒のグラスを奪った白い華奢な手はこの店の主のサユリ。酔い潰れてソファーに横たわる矢野を横目に、サユリは矢野が飲み散らかしたグラスを片付け始めた。
『サユリはハルナの結婚知ってたんだろ?』
「当然でしょ。私はあの子の雇い主ですからね」
客であった37歳アパレル社長との結婚を決めたハルナは、先月末にメルシーのホステスを辞めた。今は結婚相手の豪邸に住んで秋にある専門学校の入試の勉強をしているらしい。
別れた日以降、ハルナとは連絡をとっていない。彼女のその後の様子はすべてハルナの同僚ホステスに聞いた話だ。
『いつから結婚のこと知ってた? 知ってたならなんで俺に言ってくれなかったんだ?』
「社長さんからハルナとの結婚の申し出を受けたのは5月の頃よ。私から一輝に話すことでもないから言わなかったの。ハルナと一輝の問題は私が口を出すことではないわ。ハルナが自分であなたに言うべきことですもの」
サユリが手早く片付けた使用済みのグラスをスタッフが運んでいく。綺麗に片付いたテーブルに新しいグラスと水差しが置かれた。
「ここがどういう場所かわきまえなさい。銀座なのよ。品位の下がる飲み方をするのなら、いくら一輝でも外に連れ出しますよ」
『ごめん……』
矢野はバツの悪い顔でこめかみを押さえて起き上がった。溜息をついたサユリが矢野の隣に座る。
彼女は紫色の着物に合わせた白色の帯の内側からフクサを取り出して、中を開いた。フクサからは錠剤が現れ、1錠を矢野の前に置く。
「頭痛薬。飲みなさい」
『ありがとう』
水差しの水をグラスに注いでサユリから貰った頭痛薬を流し込んだ。
「こんなこと一輝に言っても仕方ないけれどね、ハルナはお客様と深い仲になることは絶対になかったのよ。お客様とホステスが深い仲になれば、秘密にしていても私にはわかるものなの。ハルナは気立てがよくてお客様から好かれるいいホステスだった。でも深い仲になったお客様はひとりもいなかった。アフターもお食事だけ、そういう子だったの」
『だけどあいつは客と結婚したじゃん』
「それがあの子の生きる手段だったのよ。ハルナの夢は一輝ならわかるでしょう?」
サユリの温かい手で優しく頭を撫でられる。母親に甘えたい年頃はとうに過ぎたが、今はサユリの愛情に包まれていたかった。
「ハルナはあなたをお客様としてではなく、男として見ていたから、あなたと恋人になったの。ハルナは一輝に恋をした。これだけは真実よ。わかってあげて」
『そんなの……ずるいだろ。わかりたくねぇよ……。じゃあどうしてハルナは俺が大人になるのを待ってくれなかったんだよ』
目の奥が熱くなって目元を押さえる。堪えきれずに流した涙をサユリの細い指が拭った。