早河シリーズ短編集【masquerade】
『あんたに聞きたいことが山ほどあるんだけどな。今はそんなもの吹っ飛んで頭の中が真っ白だ』

 彼は莉央の身体を腕の中に閉じ込めた。きつく抱き締めて抱き合って、二人は沈黙を共有する。

「最後にまたあなたに会えてよかった」
『縁起でもないこと言うな。どこにでも現れる神出鬼没女だろ? またふらっと俺の前に現れろよ』
「本当に変な人ね」

 莉央は隼人の身体を押しやって彼から離れた。彼女は黒色のロングコートのポケットに両手を入れて子どものように歯を見せて笑う。

「さて問題です。ポケットからは何が出てくると思う?」
『またそれか。……飴?』

苦笑いして答えた隼人に向けて莉央はポケットから出した物を差し出した。赤いネイルに彩られた莉央の手に握られているのは、棒つきの飴。
飴の包み紙は莉央のネイルと同じピンクみのある赤色だった。

「大正解。つまらないなぁ」
『どう見たってそのポケットに拳銃があるとは思えねぇし、煙草吸うにはここは空気が悪い』
「煙草吸うのに空気の良い悪いが関係ある?」
『ある。煙草ってのは空気の良い場所で吸いたくなるんだよ。今度は何味? コーラ?』

 隼人は莉央の持つ飴を受け取って包みを眺めた。半年前に莉央が舐めていた飴は青色のラムネ味。
この包みには苺の絵が描いてある。

「残念。イチゴミルク」
『うわっ。甘そう』
「いらないなら返して」
『ありがたく貰っておく』

 イチゴミルクの飴が今度は隼人のコートのポケットに沈んだ。そろそろ秘密のデートもお開きの時間だ。

『美月と連絡が取れないんだ。何か知らない?』

それまで無邪気に笑っていた莉央の表情に翳りが差した。

「……彼女はキングと一緒にいる」
『やっぱりそうか。美月はどこ?』
「今は教えられない。だけどキングがあの子に危害を加えることはない。彼女の身の安全は保証する。何があっても私が守るわ」

莉央の懇願の瞳に嘘は見えない。

『わかった。俺はキングじゃなくあんたを信じてる。今は足掻いてもどうすることもできないみたいだしな』
「ごめんなさい」

 それ以上の事情を話すつもりはないと言いたげに彼女は隼人に背を向けた。莉央がもう何も話してはくれないと察して諦めた隼人も、彼女に背を向ける。

『死ぬなよ。……莉央』

 無言の背中に語りかけて彼は階段を駆け降りた。

隼人が莉央の名を呼んだのは、これが最初で最後。この再会が莉央との永遠の別れになることを、自分はどこかで予感していたのかもしれない。


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