早河シリーズ短編集【masquerade】
4月18日(Wed)
美月が入社したインテリアメーカー、ブルーミングハウスは新宿区に本社ビルと店舗を構えている。
入社直後から1ヶ月の新入社員研修が始まった。ビジネスマナーの講義やロールプレイング、グループワークなど毎日びっしりと組み込まれたカリキュラムをこなすだけで、頭も身体も疲れ果ててしまう。
これが顧客や取引先を相手にした実務だともっと疲れるだろう。社会人となるのは想像以上に大変だった。
『木村さんお疲れさま』
「お疲れさま」
グループワークで同じチームの池田大夢がチョコを差し出した。銀紙で包まれた小さなチョコはひよこの形をしている。
『今日も頑張ったご褒美、どう?』
「ありがとうー!」
美月は銀紙を剥がしてチョコを口に入れる。口の中でチョコレートがとろけて美味しい。
「さっきはフォローありがとうね。池田くんのフォローがあったから、私達の班は課題クリアできたんだよ」
『どうってことないよ。同じグループなんだからフォローは当たり前』
気さくでリーダーシップのある池田は同期で最も出世が早そうだと噂されている。新入社員期待の星だ。
『今日のレポートけっこう難しいよな。帰り、一緒にどこかでやって行かない?』
「ごめんなさい。帰ってご飯作らないといけないの」
池田は詫びる美月の手元を見た。新入社員で唯一、美月の左手薬指には指輪が嵌まっている。ファッションリングでも恋人とのペアリングでもなく、公的に認められている婚姻の証。
『あ……そうだった。木村さん結婚してたんだよね。軽率なこと言ってごめん』
「いいよいいよ。やっぱり新入社員で結婚してるのは珍しいよね。同期の女の子達にも突っ込まれるよ」
二人は本社を出て新宿駅まで歩く。新宿駅前には、自分達と同じくまだスーツに“着られている”新社会人達が疲れた顔で水曜日の街を歩いていた。
『俺達の中でも木村さんは話題の的だったよ。可愛い子なのにもう結婚してるのかって落ち込んでる奴もいた。学生結婚なの?』
「違うよ。私が大学卒業してすぐに入籍したんだ」
『じゃあまだ結婚したばかりか。なんか益々……』
「なに?」
言い淀む池田は美月から視線をそらした。
『その……新婚で人妻ってパワーワードが過ぎるって思ってさ』
「池田くん、何か変なこと考えてない?」
『考えてないって! 俺はねっ! 俺は全然そんなこと考えてないよ』
赤い顔を左右に振って弁解する池田の様子が可笑しくて美月は笑った。
「そんなに必死にならなくてもいいよ」
『必死になるよ。俺の印象が変な風になったら嫌じゃん』
「爽やか好青年だと思ったら、実は変態だったと記憶を塗り替えておきます」
『おいおいっ!』
こうしていると男友達と話しているみたいだ。同期の社員のほとんどが同じ歳、研修で接する先輩社員よりも気兼ねなく会話ができる。
『木村って苗字は旦那さんの方の?』
「そうだよ。旧姓は浅丘」
『浅丘……ちょっと前までは浅丘さんだったのか。俺が聞いた時はもう木村さんだったから変な感じだな』
「私はまだ木村さんに慣れないよ。木村さんって呼ばれても反応遅れちゃう」
JRの改札を通過する。美月が利用するのは山手線。池田は中央線だ。
美月が入社したインテリアメーカー、ブルーミングハウスは新宿区に本社ビルと店舗を構えている。
入社直後から1ヶ月の新入社員研修が始まった。ビジネスマナーの講義やロールプレイング、グループワークなど毎日びっしりと組み込まれたカリキュラムをこなすだけで、頭も身体も疲れ果ててしまう。
これが顧客や取引先を相手にした実務だともっと疲れるだろう。社会人となるのは想像以上に大変だった。
『木村さんお疲れさま』
「お疲れさま」
グループワークで同じチームの池田大夢がチョコを差し出した。銀紙で包まれた小さなチョコはひよこの形をしている。
『今日も頑張ったご褒美、どう?』
「ありがとうー!」
美月は銀紙を剥がしてチョコを口に入れる。口の中でチョコレートがとろけて美味しい。
「さっきはフォローありがとうね。池田くんのフォローがあったから、私達の班は課題クリアできたんだよ」
『どうってことないよ。同じグループなんだからフォローは当たり前』
気さくでリーダーシップのある池田は同期で最も出世が早そうだと噂されている。新入社員期待の星だ。
『今日のレポートけっこう難しいよな。帰り、一緒にどこかでやって行かない?』
「ごめんなさい。帰ってご飯作らないといけないの」
池田は詫びる美月の手元を見た。新入社員で唯一、美月の左手薬指には指輪が嵌まっている。ファッションリングでも恋人とのペアリングでもなく、公的に認められている婚姻の証。
『あ……そうだった。木村さん結婚してたんだよね。軽率なこと言ってごめん』
「いいよいいよ。やっぱり新入社員で結婚してるのは珍しいよね。同期の女の子達にも突っ込まれるよ」
二人は本社を出て新宿駅まで歩く。新宿駅前には、自分達と同じくまだスーツに“着られている”新社会人達が疲れた顔で水曜日の街を歩いていた。
『俺達の中でも木村さんは話題の的だったよ。可愛い子なのにもう結婚してるのかって落ち込んでる奴もいた。学生結婚なの?』
「違うよ。私が大学卒業してすぐに入籍したんだ」
『じゃあまだ結婚したばかりか。なんか益々……』
「なに?」
言い淀む池田は美月から視線をそらした。
『その……新婚で人妻ってパワーワードが過ぎるって思ってさ』
「池田くん、何か変なこと考えてない?」
『考えてないって! 俺はねっ! 俺は全然そんなこと考えてないよ』
赤い顔を左右に振って弁解する池田の様子が可笑しくて美月は笑った。
「そんなに必死にならなくてもいいよ」
『必死になるよ。俺の印象が変な風になったら嫌じゃん』
「爽やか好青年だと思ったら、実は変態だったと記憶を塗り替えておきます」
『おいおいっ!』
こうしていると男友達と話しているみたいだ。同期の社員のほとんどが同じ歳、研修で接する先輩社員よりも気兼ねなく会話ができる。
『木村って苗字は旦那さんの方の?』
「そうだよ。旧姓は浅丘」
『浅丘……ちょっと前までは浅丘さんだったのか。俺が聞いた時はもう木村さんだったから変な感じだな』
「私はまだ木村さんに慣れないよ。木村さんって呼ばれても反応遅れちゃう」
JRの改札を通過する。美月が利用するのは山手線。池田は中央線だ。