早河シリーズ短編集【masquerade】
 ぼんやりと仕事やこれからの二人の未来を考えていた美月は、玄関から聞こえた物音にハッとした。
気がつけばもう隼人の帰宅時間だ。

「お帰りなさい」
『ただいま。家に帰って来て美月がいるのって最高だな。いい匂い』

隼人が美月を抱き締める。いってきますのキスとただいまのハグは、木村夫妻の定番の儀式。
美月の首筋に頬擦りする隼人は普段よりも幼くて可愛い。

「今日もお疲れさま」
『美月もお疲れさま。今日は研修で何した?』
「グループワークをやったよ。お客様のタイプ別の売り込み方のアプローチをグループで対決したの」

 着替えの合間や夕食時に美月の新人研修の話を聞くことも二人の日課になっている。職種は違っても、社会人の先輩として隼人がアドバイス出来ることもあり、隼人の的確なアドバイスを美月は頼りにしている。

『レポート残ってるんだろ? 片付けやっておくからレポート終わらせちゃえよ』
「ごめんね。ありがとう」

美月が早く一人前の社会人になれるように隼人は彼がやれることを手伝ってくれる。隼人は美月が誰よりも頼れる最高の伴侶だ。

 2LDKの寝室ではない方の一室には、夫婦共有のデスクが置かれている。大きな本棚には本好きの二人の持ち物の本が並んでいて、ちょっとした書斎のような部屋だ。

もうひとつの部屋を書斎風にしようと提案したのは隼人だった。この部屋で仕事や勉強をしたり本を読んだり、夫婦となっても一人になれる部屋は必要だ。

 スマホに池田からメールが入っていた。レポートで彼が気付いた点が箇条書きでまとめられていて、アドバイスも付け加えられている。
仕事面では池田も頼りになる存在だ。

お礼の返信を打ち、池田のアドバイスを参考にしながらレポート作成を終えた頃には21時が近かった。
学生時代は1日があんなに長く感じたのに社会人になると1日の流れが速い。

 書斎を出た美月はリビングのソファーでテレビを観ている隼人の傍らに座り、彼の膝の上に頭を乗せた。

「レポート終わったぁ」
『お疲れさん』

隼人の手が美月の髪を優しくすく。気持ちいい手つきに眠たくなった彼女はあくびをした。

『美月って猫っぽいよな。にゃんって鳴いてみ?』
「言いませんー」
『なら後でベッドの上でたっぷり言わせてやる。それとも今日は風呂場がいい?』
「バカ。でも隼人の変態発言に慣れた私もだいぶ感化されちゃったかも」

 もっと甘えたい。疲れている時こそ、甘やかしてくれる人に思い切り甘えたい。

美月は自分から隼人にキスをした。隼人は驚くこともなく、甘えた声を出す美月へ、彼女が求めるものを与える。

 美月の部屋着の中に忍ばせた隼人の手が彼女のウエストラインを撫でた。そのまま隼人の手は美月の胸の膨らみに誘われる。

『変態の旦那の奥さんも変態になるフシダラな法則知ってる?』
「残念ながら知ってる。隼人が欲しくて堪らない私は変態?」
『いいよ。変態の美月ちゃん大歓迎。おいで』

 キスを繰り返して美月の背中が柔らかなソファーに沈んだ。隼人はテーブルの上のリモコンに手を伸ばしてテレビを消した。今は気が散る雑音はいらない。

誰も入れない二人だけの世界でいつまでも、愛し合おう。
< 173 / 272 >

この作品をシェア

pagetop