早河シリーズ短編集【masquerade】
4月20日(Fri)

 出社早々、隼人は経営戦略部次長の田崎剛に呼ばれた。

『例の新プロジェクトの富岡の補佐役がお前に決定した』
『ありがとうございます』

 見た目は笑顔を取り繕っていても内心は素直に喜べなかった。
隼人が中心になって進めている案件や新入社員研修の指導担当も回ってきている。さらに新プロジェクトの補佐となれば、一層忙しくなることは目に見えている。

『あまり嬉しそうじゃないなぁ。さては仕事が忙しくなって嫁さんとの時間がなくなるのが不満か?』

田崎には隼人の心のうちは見えている。ポーカーフェイスを貫いていても、一枚上手の上司には敵わない。

『忙し過ぎて妻との仲が壊れたら次長を恨みますよ』
『大丈夫だ。お前の嫁さんへの溺愛ぶりなら、仕事が忙しくても嫁を可愛がることも忘れないだろう?』

 何を言っても田崎には一撃で返される。決定事項に文句を言っても仕方ない。諦めて隼人はデスクに戻った。

 経営戦略部の次の部長は田崎だ。彼の部下の隼人の仕事の評価は田崎の評価に繋がり、田崎の出世の後押しになる。

富岡主任の補佐役も他に適任がいると思うが、田崎がお気に入りの隼人を推薦したことは公然の事実だった。

 いつの時代も会社は縦の繋がりを重んじる。田崎の出世の駒にされるのは承知の上、隼人もゆくゆくは田崎の後継者として出世街道のレールに乗るだろう。

結婚をして守る家族ができた。自分ひとりならここが嫌になれば転職でもして、どうとでも生きていける。
しかし家族を守りながら生きていくには、会社や上司に逆らってばかりでは生きていけない。

 以前にサラリーマンじゃなく刑事が向いていると誰かに言われた。誰の言葉か思い出した隼人は、口に出せないその名前を溜息に忍ばせた。

(俺に刑事が向いてるって言ったのは沢井あかり……か)

< 174 / 272 >

この作品をシェア

pagetop