早河シリーズ短編集【masquerade】
JSホールディングス一階ロビーに栗色のロングヘアーを揺らした女が入ってきた。ヒールの音を響かせて、彼女は受付嬢の待つ受付カウンターまで歩く。
彼女は自分の最大の武器を知っている。顔と身体つきを際立たせる、最も効果的な装いに身を包む彼女の顔は自信に満ちていた。
受付嬢は彼女の容姿を一目見て、まるで彼女に張り合うように一瞬で笑顔の仮面を張り付けた。
「エクリチュールジャパンの三輪です。14時に企画部の岸田さんとのお約束なの」
「お待ちください」
笑顔を保ったまま受付嬢は内線で企画部に繋げてアポイントメントの確認をとる。
「三輪様、お待たせいたしました。あちらのエレベーターで八階企画部までお上がりください」
「ありがとう」
彼女は受付嬢に形ばかりの挨拶と会釈をしてエレベーターホールに足を向ける。受付嬢は最後まで笑顔の仮面を崩さなかったが、これが女の本能なのか、敵意のある眼差しで立ち去る彼女の背中を見送っていた。
彼女がエレベーターに乗って閉ボタンを押そうとした直後に、二人組の男が慌てて乗り込んできた。男はどちらも年齢は彼女と同世代に見える。
ひとりは中肉中背、顔は悪くはなく特別良くもない、平均的なタイプ。同類タイプの平均的な見た目の恋人がいそうだ。
対するもうひとりの男を盗み見て彼女は息を呑んだ。
平均的な男の方が階数ボタンの⑦を押す。⑦のボタンの横には経営戦略部の表記があった。
彼女がこれから訪れるフロアは八階の企画部。七階に用がある二人は経営戦略部の人間のようだ。
『うちの部長は鬼だな。あれだけ大量のデータ二人で片付けろって普通言うか?』
平均的な男が大袈裟に肩をすくめ、もうひとりの男が苦笑いを溢す。
『あれはさすがにキツい。肩バキバキなんだけど』
『奥さんにマッサージしてもらえば?』
『そうする。うちの奥さんマッサージ上手いんだよ』
『なんだよノロケかっ!』
エレベーターの隅で、彼女は二人のうちのひとりだけに視線を注いだ。一度見たら忘れない完璧な容姿。潜在的に女を惑わし酔わせる香りを纏う、唯一無二の男。
七階で二人の男はエレベーターを降りた。扉が閉まる直前まで彼女は男の広い背中を見つめ続ける。彼の視線は一度もこちらを向かなかった。
「やっと見つけた。……木村隼人」
まさかこんな所でまた会えるなんて。ひとりきりになったエレベーターで彼女の瞳は妖艶に光る。獲物に狙いを定めた女豹の瞳だ。
「結婚しちゃったんだぁ。でもその方が面白いかもね」
意味深に呟いた独り言と同時にエレベーターの扉が開く。彼女はヒールを鳴らして八階のフロアに降り立った。
彼女は自分の最大の武器を知っている。顔と身体つきを際立たせる、最も効果的な装いに身を包む彼女の顔は自信に満ちていた。
受付嬢は彼女の容姿を一目見て、まるで彼女に張り合うように一瞬で笑顔の仮面を張り付けた。
「エクリチュールジャパンの三輪です。14時に企画部の岸田さんとのお約束なの」
「お待ちください」
笑顔を保ったまま受付嬢は内線で企画部に繋げてアポイントメントの確認をとる。
「三輪様、お待たせいたしました。あちらのエレベーターで八階企画部までお上がりください」
「ありがとう」
彼女は受付嬢に形ばかりの挨拶と会釈をしてエレベーターホールに足を向ける。受付嬢は最後まで笑顔の仮面を崩さなかったが、これが女の本能なのか、敵意のある眼差しで立ち去る彼女の背中を見送っていた。
彼女がエレベーターに乗って閉ボタンを押そうとした直後に、二人組の男が慌てて乗り込んできた。男はどちらも年齢は彼女と同世代に見える。
ひとりは中肉中背、顔は悪くはなく特別良くもない、平均的なタイプ。同類タイプの平均的な見た目の恋人がいそうだ。
対するもうひとりの男を盗み見て彼女は息を呑んだ。
平均的な男の方が階数ボタンの⑦を押す。⑦のボタンの横には経営戦略部の表記があった。
彼女がこれから訪れるフロアは八階の企画部。七階に用がある二人は経営戦略部の人間のようだ。
『うちの部長は鬼だな。あれだけ大量のデータ二人で片付けろって普通言うか?』
平均的な男が大袈裟に肩をすくめ、もうひとりの男が苦笑いを溢す。
『あれはさすがにキツい。肩バキバキなんだけど』
『奥さんにマッサージしてもらえば?』
『そうする。うちの奥さんマッサージ上手いんだよ』
『なんだよノロケかっ!』
エレベーターの隅で、彼女は二人のうちのひとりだけに視線を注いだ。一度見たら忘れない完璧な容姿。潜在的に女を惑わし酔わせる香りを纏う、唯一無二の男。
七階で二人の男はエレベーターを降りた。扉が閉まる直前まで彼女は男の広い背中を見つめ続ける。彼の視線は一度もこちらを向かなかった。
「やっと見つけた。……木村隼人」
まさかこんな所でまた会えるなんて。ひとりきりになったエレベーターで彼女の瞳は妖艶に光る。獲物に狙いを定めた女豹の瞳だ。
「結婚しちゃったんだぁ。でもその方が面白いかもね」
意味深に呟いた独り言と同時にエレベーターの扉が開く。彼女はヒールを鳴らして八階のフロアに降り立った。