早河シリーズ短編集【masquerade】
 ──目覚めた美月は間接照明の淡い光に目を細めた。

『起きた?』

左側で声が聞こえる。顔を動かすと隼人の顔がすぐ側にあった。

「……隼人? ……あれ、私……」
『着替えもしないでベッドで寝てたんだよ。今日は仕事よっぽど疲れたんだな』

 隼人は布団を美月の肩までかけ直して、トントンと一定の速度で彼女の背中を撫でた。美月は隣に寝そべる隼人の胸元に顔を埋める。

『何かあった?』
「う……ん。ちょっと怖い夢見ちゃった」

 あの人の夢を見ていた。もう二度と会えない、夢の中でしか会えない永遠の想い人の夢を。

『大丈夫だよ。俺がこうして守ってやるから』

隼人の温もりに不安だった心も安らいだ美月は、身体の解放感に気付いて不思議に思った。帰って着替えも忘れて寝てしまったはず。
それなのに、美月が着ている衣服は仕事着のスーツではなく彼女の部屋着だった。

「いつの間に着替えたんだろ……」
『俺が着替えさせたに決まってるだろ。』
「着替えさせたって……」
『スーツのまま寝てたらスーツがしわくちゃになっちゃうからな』
「そうだけど……あっ! しかも……ちょっと待ってよっ……!」

解放感の正体はこれだ。胸に手を当てると、アレがついてなかった。

「ブラしてないっ!」
『寝るのにブラしてると苦しそうだから外した』

 平然と答える隼人とは裏腹に美月の顔には熱が溜まっていく。茹で上がったタコみたいに彼女は赤くなった。

「私が寝てる時に何かした?」
『さぁねー。寝込み襲うなんてこと、したかもしれないし、しなかったかも』
「どっちよぉ!」

隼人の意地の悪い微笑みをどう解釈すればいい?
口を尖らせる美月の両頬を隼人が軽く揉む。“むにゅっ”と柔らかい効果音がしそうだ。

『そんなに膨れるなよ。いつも俺が脱がせてやってるのに』
「それは意識がある時で……だから……意識がない時に脱がされて見られるのは……恥ずかしいの!」

気遣って着替えさせてくれたのは感謝していても、寝ている間にそれをされたのは恥ずかしい。

『俺が何しても起きなかった美月、めちゃくちゃ可愛かったぞー』
「やっぱり何かしたんだ……」
『下着姿の美月ちゃんを前にしてこの俺が我慢できると思う? あんなことやこんなことや、聞くと絶対美月は恥ずかしくなるけど聞きたい?』

 あんなことやこんなことを想像すると、益々恥ずかしくなって美月は隼人の腕の中で縮こまった。
でもこのまま、隼人がしたいことをしてベッドの中で好きにしてくれても構わないと思うくらいには、すっかり隼人に感化されてしまった。

だけど隼人は抱き締めるだけでそれ以上は何もしない。

『着替えさせても起きないんだから相当疲れが溜まってるんだよ。あんまり無理するな。美月には俺がいるんだ。苦しいことは二人で分け合って乗り越えていこう』
「ん……ありがとう」

 不安で凍えていた心の氷が隼人の熱で溶けていく。重ねた唇から伝わる熱に溶けて満たされる。

苦しみは二人で分け合って乗り越えていけばいい。これからはひとりではない心強さ、いつでも側にいてくれる存在に美月は支えられていた。
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